第43話かもしれないし、最終話かもしれない
例えばの話。架空の人物に刑法は適用されるのだろうか。
この一文だけで、ちょっと何を言っているのかわからない人間になってしまっているような気がする。現実と虚構の区別がついていないとはまさにこのことだ。
だから、物語の登場人物、つまり虚構の、架空の人間が現実に居るということに基づいた「架空の人物に刑法は適用されるか」という一文は、まず前提がおかしい。架空の人間が現実に存在している、ただこれだけの文字量で矛盾が発生してしまっている。架空の存在なら現実に存在しているわけがない。だから現実の刑法を適用させるのはおかしい。もしも物語の中の人物に刑法が適用される、ということあんらば、殺人鬼として世界一有名なホッケーマスクのあいつは懲役何年ということになるんだ。
架空の人間が作中で架空の人間を殺せば、架空の世界の法律で裁かれる。こんな風にしつこいくらい架空という言葉を使わないと、物語の登場人物に対する刑法の適用、という事案は文字面だけでややこしくなる。
どうしてこんな事を考えるのかというと、もしも私がフリュレさんやスタニスさんに殺されたとして、私を殺したフリュレさんやスタニスさんは罪に問われるのだろうか、と思ったからだ。そりゃあ人を殺したんだから罪に問われるだろう。
もしも。フリュレさんやスタニスさんが物語の中に帰る能力を手に入れることができたなら、どうだろう。私を殺し、物語の中に逃げ込んだ場合。そうなると、現実の警察が物語の中に入る能力を手に入れない限り、私を殺した登場人物は捕まらない。焚書でもするしかないのか。でも小説のデータがハードディスクに入っていたりしたらどうすればいい。しかもそれがSDカードにコピーなんかされていたら、物語の完全な末梢は不可能になる。つまり、私を殺した物語の登場人物はどこまでも逃げ切ることができるし、どこまで逃げても物語内で死なない限り絶対に安全だ。
この世界、恐ろしいことが起きているような気がしてくる。もしも物語の登場人物、つまり架空のキャラクターが、自在に物語に出たり入ったりできるようになってしまったら。しかもそれが悪人だったりしたら。物語には悪人が出てくる。善人しか出てこない物語はとても少ない。推理小説なんかだと、誰かを殺した人間が高確率で出現する。殺しとまでは行かなくとも、ミステリと犯罪の関係は密接だ。物語の中と外を行ったり来たりできる、つまり世界を行き来できるということは、物語の中に移動できない人間よりも上位の存在なんじゃないだろうか。何せ物語の中に逃げ込まれたら、少なくとも私は対処できない。同じ物語からそういった悪人を成敗する善人が現実に移動してくれるのを期待するしか無い。
それも、殺されなかった場合に限る。例えばファンタジーの物語からモンスターが現実に登場したら、普通の犯罪は行わないだろう。現実の貨幣とファンタジー世界の貨幣は大体違うものだから、金目当ての強盗や誘拐なんてレベルの犯罪は行われないだろう。恐らく殺される。そして殺されたあとに同じ物語から勇者か何かが現実に登場してモンスターを倒したとしても、私はすでに死んでしまっている。ファンタジーの世界には蘇生というものがあるのかもしれないが、現実世界に蘇生は今の所存在しない。
まさに恐怖だ。私達の世界、つまり現実世界は、物語の内外を行き来できる存在が現れたら、それもたった一人でも現れたら脅威にさらされることになる。そして、物語世界から現実世界への移動という現象は、実際に起きている。可夏子さんの自称を信じることにして、フリュレさんやスタニスさんや魔王の言うことも信じることにして、そうすると現実世界は架空の世界に侵食されることになる。現実の人間がいなくなってしまう可能性だってゼロではない。
「それはないって」
みたいな暗い考えを、放課後に可夏子さんに語ったところ、一蹴された。
「私達、お話の中には戻れないし」
「どうして」
「だって、まだ書きかけだから」
「書きかけって、話が?」
「そう。私達みたいなのがお話の中から出てくるのは、お話が書きかけだから。そして、作者も続きを書くつもりがないから」
「書くつもりがない、ってどうしてわかるの」
言ってから思ったが、登場人物は作者の分身だからなんじゃないだろうか。
「完結まで行けるなら、私達は完結したいと思ってるよ。人間とは違うんだよ、私達って。不老不死とか夢見てないの、終わりたいの。死にたいとかじゃなく」
魔王の「死にたい」はレアケースということなんだろうか。
「死生観が違う、ってこと」
「死生観って、生きるとか死ぬとかについて考えるってことだよね。それも違うかな。私達はちゃんと分かってるから、自分が生きてないって。だから死ぬとかも考えられない。お話の中で死ぬならそれでもいいんだけど。終わらないっていうのが怖くて、それが嫌で、終わりたいから、私達みたいなのは現実に来てるんだと思う。全員じゃないだろうけどね」
登場人物は架空の存在だ。それを、登場人物たちも知っている、ということでいいんだろうか。
人間とは死生観がまるで違う。違いすぎて死生観という言葉が通じないくらいだ。
ということは、フリュレさんたちがこの世界に来て、何かを起こす前に私ができることといえば。
「決めた」
「何を?」
「人助け」
正確には、人物助け。
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