第42話かもしれないし、最終話かもしれない

「私もそうなんだけど、気が合えば友だちになるだろうし、気が合わなきゃ他人のままだろうね。で、興味があったら、今の私と銀閣さんみたいな関係になる」

 可夏子さんの言葉だ。これに関してちょっと言いたいことがあるのだが、行ってしまっていいのだろうか。

 そう、というのは、自分もキャラクターとして架空の物語から現実世界に出てきた存在である、ということでいいんだろうか。これを確かめてもいいんだろうか。もし確かめたらどうなってしまうんだろうか。

 引き返せなくなりそうな気がする。または、世界の深淵に触れてしまうような気がする。それとも、私が認識している世界が、そもそも間違っていたのだろうか。私は世界の真実について何も知らない。この現実世界が誰によって設定されてどういう意図で人や物や動物や植物が配置されているのか、全くわからない。それをやったのは全て自然なんだろうが、自然が何を考えているかなんて私にはわからない。例えば、どうして人間と敵対するような蚊とかいう存在を生み出したのか。自然はどっちの味方なのか。蚊を増やしたいのか人間を増やしたいのか、それとも蚊を殺す人間をみてほくそ笑んでいるのか。いや自然ってほくそ笑んだりするような存在だったっけ。そんな事ができたとしたら、それは自然という名前の神なんじゃないのか。

 私は神を信じていない。それはごく一般的な日本人の考え方である、と思う。しかし物語の登場人物にとって、神とは何だろう。作中に神が登場すればそれは間違いなく神であるし、その神も含めた想像主たる神、作者が存在する。もちろん作者だからって、創造主だからって信仰を集めているわけではない。信仰している人もいるだろうが、その存在を認めない人や、その存在を認識していない登場人物もいるだろう。ということは、神というものに対して、現実世界の人間と架空の物語からこちらへやって来た人に違いはない、ということになる。

 いや、違うんじゃないだろうか? 物語世界の登場人物にとって、神という存在はあまりにも明白だ。自分は意図的に作成されたキャラクターである、と登場人物は承知した上で、物語を回すために動いたり喋ったりしている。作者の存在を認識していないとしても、それは作者の存在を認識しないように設定されたからそうなっているだけである。それに比べて現実の神は……あれ、やっぱり同じなのか?


 違う。私は神について考えているんじゃない。可夏子さんの何気ない一言について、ちょっと確かめておきたいことがあるだけだ。

「ちょっと、固まっちゃってるけど、また徹夜したの?」

「いや、そうじゃなくて」

 しかし尋ねていいものなんだろうか? 別にいいじゃないか。自分から言ったことなんだし。しかしそれが失言だったとしたら。そこに突っ込んでしまってはいけないような気がする。自分は異世界人だ、というヒントとなる発言にをうっかり突っ込んでしまったら、大変なことが起こるんじゃないだろうか。例えば、異能力を突然発揮して、苦痛を伴う口止めをされる、とか。最悪、命と引き換えに口止めをされるかもしれない。

 いやいや、人間はそんなに簡単に殺されたりはしない。殺傷沙汰はめったに起こらない珍事だからこそニュースになるのだ。しかしニュースにならない殺しというものは日常的に起きている。らしい。実際に確かめたわけじゃないから確実ではないが、しかし殺されて大分時間が経ってから殺人事件が報道されることがある。しかしニュースに割ける時間というのも有限であって、世の中に起きた全ての出来事をニュースにするには、数時間では短すぎる。二十四時間分の出来事をもらさず伝えるためには二十四時間必要だ。

 だからなんでまた関係ない咆哮に考えが飛ぶんだ。考えたくないからだろうか。考えたくないからだ。今までずっと人間として接していた可夏子さんが物語の登場人物だった、なんて信じたくないからだ。

 そうだったとして、私はショックを受けるだろう。どんなショックを受けるというのだろう。例えばフリュレさんが現れて自ら正体を明かしたとき、私は動揺しただろうか。スタニスさんの時はどうだ。魔王のときは。黒尽くめの男が現れたときには流石に身の危険を感じたが。あれは手に松明を持っていて顔を隠しているからいけない。可夏子さんは秘密をひた隠しにするタイプだろうか。ひた隠しにしていた秘密がバレたら豹変するタイプだろうか。知らない。知るわけがない。相手が物語の登場人物だとしても、私には他人の気持ちなどわからない。自分が創造した物語の登場人物でもない限り、人の気持ちなど分かるわけがないだろう。

 じゃあ行くしか無い。立ち止まってもなにもないし、後ろを向いても先延ばしになってしまうだけだ。

「可夏子さん、登場人物なの」

「そうだよ」

 秘密でも何でも無いようだった。心配なんてこんなもんだ。

「銀閣さんはキャラじゃないの?」

「私は現実生まれ……だと思う」

 名字は架空っぽいが。

「へー、珍しい」

「珍しいんだ、現実生まれって」

「うん。よく無事だよね?」

「現実生まれだと無事じゃないみたいな言い方だけど」

「そりゃあね、現実生まれって基本的に無力だから」

 現実生まれだと架空生まれよりもサバイバル能力が欠けている、みたいな言い方をされた。

「もし銀閣さんが殺されそうになっても、私の能力じゃ守りきれないから、そこは割り切ってよ」

 そんなことをあっさり言われても困る。

 そして、現実生まれが殺されるのは普通、みたいな言い方が怖い。

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