第35話かもしれないし、最終話かもしれない

 もはや私は現実に拘る必要など無いのかもしれない。そんな気がしてきた。これまでに起きた様々な事柄が、ことごとく私の今までの人生で積み上げてきた常識観を打ち壊しにかかってくる。自分が信じているものは、もしかしたら常識ではなかったのかもしれないし、私が現実だと信じてきたものは、現実ではないのかもしれない。

 では、何を基盤にして物事を考えて生きていくか。それは今からでは難しい問題だ。私の年齢でゼロから常識を新たに構築していくには、時間がなさすぎる。生まれてから今までの時間に比べれば、私が成人して就職しなければならない時間までは短すぎる。学問ならともかく、社会性を身につけるのにはあまりにも時間が足りない。

 そう考えるのも、私には社会性を正しく身につけられているという自信がないからだ。常識がどういうものか、知ってはいる。現実にどの程度期待すれば、またどの程度悲観視しておけばがっかりすることがないのか、なんとなく分かってはいる。ただ、それを知っているからと言って社会に順応できているかと言うと、そうではない。常識や現実をただ知っているだけでは 社会に適合できるわけではないことを、私はいあっまでの人生で学んでいる。友達の少なさがそれを物語っている。友達が多ければ多いほど偉い、なんて考えるほど幼稚でもないが、少しくらいは自分の意志で友だちを作っておいたほうが、人生は有利に働くことは分かっている。分かっているができなかった。常識や現実を知っているだけでは友達は作れないのだ。ある程度の非常識や非現実を、または冗談や悪ふざけを知っていなければ、ちゃんと友達をつくることはできない、と私は人生で学び、そして実行できないままこうして生活してしまっている。つまり、私には社会性が、具体的には上手に人と笑い合う能力が欠けてしまっている。だから友だちができず、大変な人生を歩む羽目に陥ってしまっているのだ。


 あまりにも長い段落だったが、読む人をふるい落とそうとしているのではない。私は自分語りを簡潔にまとめる能力にも欠けているのだ。こういうところでもっと笑いを交えつつ数行でさっさとまとめてしまえれば、私にも人望というものが生まれたのだろう。そもそも私という人間は、……また長くなりそうなのでこのくらいにしておくことにする。

「長い語りだったな」

 そして魔王はそんな私の心の中だけで行っていた自分語りを察しているようだった。魔法を使ったのか、目的地の図書室の扉の前で立ち止まったまま動かなかったからなんとなく察したのか。

「両方だな。で、この扉には鍵でもかかっているのか?」

「わかりません」

 図書室の扉を引いてみた。するとあっさり開いた。

「開いてるなら入って座ってから考え事をすればいいものを」

「要領の悪い人生を送ってきたんですよ、私は。急にそんな名案は浮かばない程度に」

「名案でも何でも無いだろ、今のは」


 図書室に入ると、そこには誰もいなかった。授業時間に図書室で時間を潰す保健室登校の生徒が一人や二人くらいいても不思議ではないと思ったのだが、この学校にはちゃんと授業に出る品行方正な生徒が多いらしい。そしてその例外が私だ。

「私も品行方正な生徒ではない、というわけか」

 魔王が適当な本を棚から取り出し、早速読み始めた。

「人間の書いた本を読むんですか」

「別に、私は人間を全否定しているわけではない。人間の書いた本くらい普通に読む。だから本というものの大半は、魔王の倒し方になど言及していないことも知っている」

 むしろ私の殺し方について書いた本があるならぜひ読みたいくらいだ、と言いつつ、魔王は机に肘をついてハードカバーの本をめくっている。本を読むの早いようだ。

 私はと言えば、本を読みに来たのではない。昨日読んで夢中になった本、というものの存在を作り出すために、本のタイトルを物色しに来たのだ。

「タイトルくらい適当に作れるだろうに」

「こういう話にはリアリティが必要なんです」

「貴様は人付き合いが不得手なのだな」

 心を読んでいたのなら声に出さずとも察しているはずだが。

 ともかく、私は小説の棚に向かい、本のタイトルを物色する。あまり薄い本ではだめだ、タイトルの文字が薄いピンクだったり文字が丸っこかったりするタイトルは軽く見られる可能性がある。重厚な書体で、適度に重たそうな、それでいて中身が面白そうなタイトルがいい。そういったものをいくつか切り貼りして、適当なタイトルを作ることにする。

 ところが、これが結構難しい。今のような要素を満たすタイトルは、単語が多いのだ。流石に単語は言葉の最小単位だし、これを切り貼りすると意味のない言葉が生まれてしまう。恐怖だの楽園だの失踪だのグロテスクだの、そういった一単語のタイトルでは架空のタイトルを作ることができない。どうしたことか。

 ふと、適度に古く、適度に黄ばんでいて、適度に重たそうなハードカバーの本を見つけた。タイトルの書体や色も軽くなさそうだ。

 ただ、タイトルが問題だった。

「おとぎの国の混沌」

 と書かれている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る