第34話かもしれないし、最終話かもしれない
誰も信じられない状況のまま、私は登校してしまった。ひょっとすると、これは頭皮なのかもしれない。家に居てもフリュレさんや妹が居て安心できないし、学校以外に行くところとなると図書館くらいしかない。家から手近なカフェまではバスを乗り継いで行かなければならない。そこまでして行ったカフェには「勉強や仕事などでの長時間の座席の確保はお断りさせていただいております」の張り紙が出されている。そりゃあ田舎から若者が消えるわけだ。いっその事田舎から若者をゼロにする計画とかを誰かに設計して実行してもらいたい。本当にゼロにならない限り、自治体は本気で実行に移さないだろうから。
田舎ならではの魅力、それはあるだろう。ただ、私には魅力的に映らないだけで確実に存在している。でも私には見えないのでどこが魅力なのか答えることはできない。ご了承していただきたい。
こんな事を考えているのも逃避である。あえて現実とは全く関係ないことを考えることによって、魔王が言ったことが本当なのか、本当だとしたら私は自分に向けられている殺意に対してどう向き合っていけばいいのか、どうすれば殺されずに済むのか、考えなくて済む。殺されない方法など、私にはわからない。なぜなら私は人生で一度も殺されそうになったことがないからである。自転車に乗っているときに派手に転んでこめかみに二針縫うほどの怪我を追った時は死ぬかもしれないと思ったほど痛かったが、今回はそういうわけじゃない。殺そうとして殺されそうとしている。痛みを与えるとかじゃなく、私は存在を、生命を、抹消されようとしている。魔王の言葉を信用するなら、だが。
魔王は今日も登校してきている。転校生としてこの学校に侵入したのだから当然か。しかし登校してからは一度も私とコンタクトを取ろうとしてこない。いや、取れないのかもしれない。転校から一日経ったのに、魔王の周囲には未だに人だかりができている。主に男子生徒で。そんなに男にとって魅力的なんだろうか。魔王は魅了の魔法でも使っているんだろうか。いや、本人は魔法を使えないんだったか。じゃあ手下が魅了の魔法をかけているとか。手下っていうのは、私の妹のことか。
妹。私には妹がいる。それは確かなことだ。何の疑いも持っていない。でも、それは魔王の手下であり、人の心を操る魔法を使うことができ、私は洗脳されて最初から妹が居たように思い込まされているのだそうだ。本当だろうか。などと、存在自体を疑うような考えが出てこないあたり、私はかなり綿密に洗脳されてしまっている。または、魔王の言葉に相当心がもてあそばれている。
「おい、おいって銀閣」
頬を叩かれた。痛くはないが、刺激はあった。それで私はようやく覚醒し、登校した自分がいつの間にか自分の教室の自分の席に座っていて、可夏子さんに叩かれたことに気がついた。
「おはようございます」
「次の次で昼だけどね」
いつの間にか授業は二コマ終わっており、次の授業とその次の授業が終われば昼休みだった。
「次、体育だけど、行ける? 朝からやばいくらい気の抜けた顔してるけど」
この学校では二時間続けて体育である。前回の体育ではソフトボールが行われた。私はバッターとして二度打席に立ち、ソフトボール未経験にもかかわらずバットにボールを当てるという奇跡を起こした。バットにあたったボールはおよそ一メートル飛び、「実質バント」と教師に言われ、私はソフトボールを金輪際やるまい、と心に決めた。
「行かないことにしておく。あの教師は権力の振りかざしが目に余るからね」
「権力て」
「体育の出席不足で留年になったら、それは体育教師の態度のせいだ、と私は言うことにしてる」
「本当に言いそうで怖いわ。じゃあ、体育には出ないってことでいい?」
「運動場よりも、私には行かなければならないところがあるから」
「どこ?」
「拷問が行われない世界」
「体育嫌い過ぎだろ」
体育と拷問に何の違いがあるというのだろう。きっとすべてが違う、と体育に侵されて気持ちよくなっている輩は言うのだろう。私の肌感覚は正常なので、体育で打擲されると普通に痛い。それが正常な反応というものだ。
ということを可夏子さんに説明したのだが、「うわあド変態だあ」と言われてしまった。そして可夏子さんは女子更衣室に向かっていった。体育の授業を受ける準備をするとは、可夏子さんこそド変態ではないか、と私は思ったが、口には出さないでおいた。体育の授業を受けることに抵抗がないのは薬物中毒と同じで、否認の病だからだ。自分がそういう危険な行為に嵌ってしまっていることを、自分で認めることができない。誰かがきつめに違うと言ってあげない限り、その病を自覚することができず、また回復への道も見込めない。
「言い過ぎではないか?」
私と同じく体育をボイコットするらしい魔王は、私の隣に並んで廊下を歩きながら、私の考えにケチを付けた。教室に残らなかったのは、教室が男子更衣室と化すからだ。男の体育を受けるド変態共に囲まれた状況で平然としていられるのは、ド変態を越えた何かに決まっている。
「貴様は体育が嫌いなのだな。わざと強い言葉を使って大した理由もなくサボる自分を正当化している」
「また心を読む魔法でも使ってるんですか」
「こんなもん考えれば分かる」
「魔王さんは、体育に出ないんですか」
「私は出たい授業にだけ出る。別に卒業や進学を目指しているわけでもないのでな」
文字通り、遊び感覚で学校に来ているのか、この魔王は。
「ところで、貴様はどこへ向かっている?」
「図書室です」
「授業をサボって勉強か。進学したいのであれば、体育にも出席すべきではないのか?」
「いえ、暇つぶしと理由探しのためです」
それが証拠に、私は図書室へ向かっているのに筆記用具もノートも教科書も持っていない。手ぶらだ。
「理由探しとは、何の理由だ?」
「そこは読めないんですね」
「今は心を読む魔法を使っていないからな」
理由とは、登校してから授業二コマ分、意識が飛ぶほどボーッとしていた理由のことだ。どうしてあんなに意識が飛んでいたのか、と尋ねられた際、私は昨日読んだ本があまりにも衝撃的すぎて意識が現実に戻ってこなかったため、と答える予定だ。
しかし、私は昨日は一冊も本など読んでいない。というか、午前中まるまる意識が飛ぶほど衝撃的な本など読んだことがない。でもそういう経験をした、と言うだけならできる。そういう本のタイトルを実際の本から探して、切り貼りしてでっち上げるために図書室へ向かうのだ。
「というのが後付の理由で、主な目的は暇つぶしです」
「貴様の頭の中は面倒くさいな」
「魔王さんは、どうして私についてくるんですか」
「気分だ」
「適当ですね」
「適当に生きていても王は王だからな。全ての手下に指示を出さなくていいという自由時間を適当に過ごすという贅沢を満喫している」
学校生活を適当に過ごす贅沢な時間と形容する人は初めて見た。いや、人じゃないのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます