再掲編または制作編
第33話かもしれないし、最終話かもしれない
生きるために殺すのか、生きているから殺すのは仕方がないことなのか。人を殺すつもりのない私がこんな事を考えても仕方がないが、ところで魔王が存在する世界で冒険の旅を続けてきたフリュレさんやスタニスさんが人を殺す、ということはあり得るだろうか。
人ではないにしても、魔王が存在するファンタジー世界を冒険してきたのだから、魔物とか動物くらいは殺したことがあるはずだ。もしかしたら悪党の命は奪ってきたかもしれない。ファンタジーは悪人があっさり殺されたり殺されるよりひどい目に遭わされたりするから油断ならない。シンデレラの意地悪な姉は継母だって殺されるよりひどい目に遭っている。時代背景的に国外追放は殺されるよりつらいだろう。
私は人を殺せるだろうか。いや、こうじゃない、これを考えても仕方がない。
私は殺されないためにどこまでできるだろうか。もしも魔王の言っていたことが信じるなら、だ。もしかしたら昨夜の時点でフリュレさんと同じ部屋で寝ていたら殺されていたのかもしれない。
「まあ、殺すと言っても単純な殺し方ではないだろうがな」
魔王はフリュレさんが私をどういう風に殺そうとしているのか、説明してくれた。
「奴は貴様に成り代わろうとしているのだろう。手下が心を読んだので知っているが、フリュレ、あの娘は元の世界に戻れないだろうと思い始めている。夕凪隼人が話の続きを書かないだろうという思いが芽生えて、育ち始めている。そうなればこの世界、私達が住んでいた物語という枠の中にある世界よりも広大なこの世界で生きる手段を見つけなければならない。そのために必要なのは、この世界で受け入れられる儀式だ。神に祈るとかそういった類の儀式ではない、通過儀礼と言い換えたほうがいいだろうな。貴様の両親に家族の一員と認められるための事件、それもとびきり衝撃的な事件の体験を共有するという儀礼を通らなければ、この世界で受け入れられて生きていくことは不可能だ、と奴は考えている」
「衝撃的な儀礼って」
「貴様の親に起こりうる最大の事件とは何か、思い当たるだろう。貴様は当人なのだから」
私はフリュレさんでも私の父でも母でもない。
「貴様が演じることになる役割は、被害者だ」
私が被害者として、私の親が最も衝撃を受けるであろう事件。
「私が死ぬ、という事件ですか」
「ああ。その衝撃を、悲しみを、フリュレと貴様の両親は共有する。固い絆が生まれるのだろうな。そして、三人は家族となる」
「なりますかね」
魔王は小さくため息を付いた。
「貴様は人のくせに人の心を察知できないのか」
「魔法が使えないので」
「貴様、ちょっと変だぞ」
魔王にまで言われてしまった。
私は朝帰りとなったが、両親が心配して飛び出してくるということはなかった。きっと寝ているのだろう。フリュレさんは私の部屋で寝ていた。きっと私が考えている以上に図太いのだろう。
「信じられないのか。こいつが貴様を殺そうと考えていることが」
魔王も何故か私の家に上がり込んできた。まだ私に用事があるのだろうか。
「私の手下がこの家に控えている。私もしばらくここを拠点とするつもりだ」
どんどん私の周囲に非日常が侵食してきている。ちょっと不安になってきた。何が不安なのかはわからない。でもまだ、ひょっとしたら殺されるかも、とまでは思えない。フリュレさんはスタニスさんが魔法で開けた穴を見切って避け、そしてスタニスさんのことを信用しているから、私のことを気にせずに眠ったんじゃないか。私はそんな自然な予想をしている。
「そのまま行方不明になって殺されて発見されればいい、と考えていたかもしれんぞ」
魔王は悪い妄想のようなことを言うが、私は否定した。
「まあいい、隣の部屋が私の拠点だ。手下も控えている。入れ」
私の部屋の隣のドアに、魔王は入っていった。
「おかえり」
妹は起きていた。
「紹介しよう、私の手下だ」
「何言ってるんですか」
さっきから魔王の方が変だと思うんだが。こんな相手に変人を認定する権利などあるだろうか?
「私の手下だ」
「いや、私の妹ですけど」
「人の心を操る魔法を得意としている」
「だから、私の妹ですけど」
「貴様に妹などいないぞ。数秒前に、貴様の心を操って、妹がいる、と思い込ませている」
私は妹の顔を改めて見つめた。見覚えのある顔だ。記憶の中にも出演している。
「姉さん、私の名前は?」
出てこない。
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