第31話かもしれないし、最終話かもしれない

 一つの視点からでは解決できない問題が、他者の視点からでは回答が丸見えだったりすることがよくある。どうしてこの人はこの問題が溶けないのか、どうしてこんな感じが読めないで生活ができていたのか、どうしてこの人はボールを真っ直ぐ投げられないのか。できる人目線の理論である。そんなできる人目線の意見を、私は求められている、ということなのだろうか。

 しかし私はこう答えるしか無い。

「私の世界には魔王は居ないので、一般的な魔王の倒し方はわかりませんね」

 魔王とは今日の昼間に顔見知りになったが、その魔王の倒し方を私は知らない。ひょっとしたら普通に人を殺すように殺せばあっさりと死んでしまうのかもしれないが、私はそんなことを提案したりしない。提案したら殺人幇助の罪にでも問われそうだ。

「今すぐに思いつけとは言わないけど、魔王の倒し方って調べられる?」

「私達は魔法なんか使えないんですよ」

 そんな人間が魔の王なんて存在を打ち倒せるはずがない。いや、そもそも魔法の存在を信じていて、この世に魔王が実在するなんて信じている人のほうが、この世界には圧倒的に多い。

「だから、魔王を倒すのに有用な資料なんてものも存在していませんし、もし知っている人が居たとしても、詐欺師か何か……いや、頭のおかしい人なんだと思いますよ」

「そんなにも必至に魔法の存在を否定すんの? こっちの世界の人達って」

「必死になって認めてないわけじゃないんですよ。ただCGや手品や心理的トリックや幻覚が見える薬やらが一般的に浸透しすぎたせいで、非現実的なものを見てもこれらのどれかに当てはめてしまう癖が染み付いてしまっているんです」

 なんて私が人類代表であるかのように語っている。もしかしたら私以外の人間は魔法を目にしたら一瞬で魔法の存在を信じるのかもしれないのに、無責任この上ないこと甚だしい。


 魔法を信じるか、という解いを真剣に投げかけられたことのある人が、この世界に何人居るだろう。子供の想像としてではなく、宗教の勧誘としてでもなく、悪ふざけでもなく、心から本気で、魔法を信じるか、と訊かれたことがある人は、今までこの世界で生まれた人のうちの一パーセントにも満たないんじゃないか、と私は考えている。きっと魔法を信じる人の数は、神を信じる人よりも、都市伝説を信じる人よりも、ネットニュースを信じる人よりも、ずっと少ない、比率にすれば一対〇になってしまうほどの数しか存在しないだろう。もしかしたら、存在しない、が正解なのかもしれない。

 だから魔王の実在を信じている人も少ないだろう。ほとんどの魔法を用いた映画で出現する悪役は魔法を悪用する悪人であり、魔王ではない。魔法と魔王はよく似ていて、魔法の力は魔王の能力によって存在しているのではないか、と設定する人が多いからなんじゃないか、と私は想像する。

「ちょっと信じられないな。私達の世界には普通にあるものが、こっちだとそんなに普通に否定されてるなんて」

「スタニスさんは、それを聞くために急に私をここに呼び出したんですか」

「急に思いついたからね。ひょっとしたら隼人さんと一番関係の遠いあんたなら知ってるんじゃないか、ってひらめいて」

「私はこれから寝ようと思っていたのですが」

 正確には、着替えてからお風呂に入って寝る。でもお風呂なんて睡眠という行為の一部に数えてもいいと思う。人間、寝る時は湯上がりの身体が常温に戻っていく瞬間に布団に入るのが一番だ。

「迷惑だった?」

「正直、迷惑でしたね」

「そうなんだ」

 スタニスさんは謝りもせず申し訳無さそうな態度も見せず、普通に、へーそういう人もいるんだ、みたいな形の関心をしていた。

「だから帰らせてもらえませんか」

 まさか呼び出した穴は一方通行である、なんてことはないだろう。

「一方通行だけど?」

 私は気まぐれで全く知らない建物の一角に呼び出された。そしてこれから自力で帰らなければならない。そんな魔法の一切絡まない現実的問題に、私は震えた。

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