第30話かもしれないし、最終話かもしれない

 かといって絶叫して大仰に取り乱すほど、私の喉は突然の大声に耐えられるようにできてはいない。大声を出しなれていない人間にとって、大声を出す機会は日常生活中にほとんど訪れることはない。一人カラオケで大声を出してストレス発散、などいと言ったことも私はやらない。別に大声を出したいわけではないのだ。たまに大声を出してみると案外気持ちよくなる、というのはよく分かるのだが、積極的に大声を出す機会を作りたいとは思わない。うるさいからである。


 だから私は静に取り乱した。こんな殺風景な、ゴミみたいなものくらいしか転がっていないような場所で静に取り乱すとどうなるのか。

 石のように固まるのである。石化していないのに石像にようになってしまう。

「落ち着いてください」

「もうすぐ戻ってきますんで」

 そう言ってから、顔まで黒尽くめの男二人は少しも動いていないし、私との距離を詰めようとも離れようともしてこない。石像が三体、壁と積み上げられたダンボールに囲まれた空間に置かれている。一人はパニックで、二人はなにか理由があったのか命令されているのか、意図はわからないが自分から動こうとはしない。


 何も起こらない空間で数分は経っただろうか、それとも数十秒しか経っていなかっただろうか。呼吸すら忘れてしまっているような静けさの中だと、一秒を正確にカウントするのにも一苦労である。

 隅のダンボールが動いたことで、私は呼吸を思い出した。まるで窒息していたかのように、私は大きく息を吸って吐き出してまた吸った。よし、呼吸のやり方はこれであっている。このやり方を覚えておけば、今後空気中で窒息して死ぬことはないだろう。

 積み上げられたダンボールの一つが動かされ、ダンボール一つ分の穴が開けられた。そこから四つん這いになって入ってきたのは、スタニスさんだった。

「やっと来たんだ」

「これは、何なんですか?」

「何って、ここが私の今の寝床。屋敷とはだいぶ違う環境だけど、屋根があって壁があるだけ、屋敷を燃やされてから外で寝泊まりした時期よりはましだから。こっちの世界じゃここを使ってんの」

 スタニスさんは小説の中では貴族の娘だった。その設定を忘れていたわけではないが、忘れてしまいそうなほどスタニスさんは平然とこの殺風景すぎる空間に馴染んでいるようだった。

「ここは多分、鉄でできた倉庫でしょうね。この軽い箱がダンボールっていう髪で出来てることには驚いたし、床や壁が石で作られてるくせに真っ直ぐなのには驚いたけど、ま、異世界なんだし、そういうこともあるでしょ」

「スタニスさんは本当に貴族だったんですか?」

「そうだけど、何、疑ってんの? 隼人さんと旅に出てから価値観変わっちゃいけないっての?」

「あまりに貴族の設定が生かされていない立ち振舞をしているので、ずっと疑っています」

「私が貴族だって言ってんだから貴族なの。それでも信じられないんだったら……ったく、どうにもできないな。イライラする」

 スタニスさんは日本産の名探偵みたいに頭を掻いた。


 スタニスさんが私を呼び出した理由、部屋の入口に魔法で穴を開けて私をここに召喚した理由、それが一番聞きたいことだった。この状況について確認するよりも、まず知っておかなければならないことだ。それが理不尽すぎることなら、私は大声を出して取り乱してでも返して欲しいと主張しよう。それが可能なことなら、さっさと済ませて部屋に返してもらってさっさと寝よう。

「あんた、そう、異世界人の、私達の世界とは違う世界の、違う世界なりの考え方を持っているあんたに聞きたいことがあってさ」

 と、スタニスさんは少しもったいぶってから、

「魔王の倒し方、知らない?」

 私を呼び出してまで知りたいことを尋ねてきた。なんで私に?

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