決戦編または逆転編
第29話かもしれないし、最終話かもしれない
そんな夕方まで、私は今日という一日は退屈な日だった、と思っていた。思うとしていたのかもしれない。しかし実際にこうしてとても退屈とは言えない自体が発生すると、前言を撤回しなければならなくなってしまう。
私は退屈を好んでいるのかいないのか。まあ人並みには劇的な、刺激的な人生を送りたいとは思っている。ひょっとしたら何かの賞を取って称賛を受けるかもしれない、という劇的さを求めている。求めていないのは、思いもよらない苦難とか、下手をすれば命がかかった冒険をしなければならなくて、しかもその報酬が「死なずに済む」とかそんな程度のものだ。私は人並みにリスクよりもリターンを望んでいる。賞をもらえるようなことなんて何もしていないけれど。
夕食を終え、私は自分の部屋に入ろうとしていた。今日もフリュレさんと親しげに話していた両親の肝の太さに驚嘆すると共に呆れながら、そして今日もフリュレさんは私の部屋で寝ることになるという事実にうんざりしながら、それでも今日の総括としては退屈な一日だった、としようとしながら部屋の扉を開けると、私は落下した。
そう、部屋に入ろうとしたら穴に落ちたのである。前方を注意しなかった私が悪いんだが、しかし自分の部屋の入口に穴が空いている事なんて、普通は想定しない。普通じゃなくても想定しない。どんな家だ、それは。私は驚きのあまり声も出せず表情も変えられず、ゲーセンで獲得されたぬいぐるみのように無抵抗に自由落下した。
私がぬいぐるみほど可愛い存在じゃないのはもちろん知っている。しかし人に対して「ぬいぐるみみたいに可愛い」という形容は、どうもちゃんと褒められていないような気がする。なんだか毛深そうだ。そして太っていそうだ。発言者がデブ専の毛深専だったら褒め言葉になるんだろうか。なんだろう毛深専って。ハゲよりむさ苦しいじゃないか。
床の穴から落ちた私は、壁から放り出されて明らかに家じゃない場所の床に落下した。もちろん尻を打ち付けた。非常に痛い。そしてどういうことなのか理解ができない。
周囲の様子を観察してみる。天井は非常に高い……というか、天井がない。屋根の裏側が直接見えてしまっている。そこから妙に明るい照明が吊り下げられている。
私が放り出された壁以外の三方向には、ダンボールが積み重ねられている。簡易的な壁のつもりだろうか。だからここがどのくらい広い空間なのかはわからない。
床の質感、壁の質感からして、ここは倉庫だろうか。一切の塗装が行われていない。壁紙どころか色すら塗られていない、壁として使った石材そのもので壁と床は形成されている。
壁と積み上げられたダンボールに囲まれたこのスペースには、ちょっとした生活感が漂っている。布団代わりだろうか、折り畳まれたダンボールが長方形に敷かれている。その脇には食べ終わってそのままなんだろう、カップ麺の容器が置かれている。それから膝上くらいの丈はありそうな靴下が脱ぎ捨てられている。
あと、二人の男が置物のように座っている。全身を黒い布で覆った、今朝も見た、そして一緒に図書館に行った男たちだ。どちらも松明を持っていないので、どちらがどちらかわからない。
どう考えてもピンチだった。貞操の、どころじゃない生命の危機と言うべき状況だった。
「落ち着いてください」
「もうすぐ戻ってくると思うんで」
男たちに言われたが、落ち着いてなんかいられるか。
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