第28話かもしれないし、最終話かもしれない

 いつ終わってもいいように、いつ投げ出されてもいいように、私は毎話に「最終話かもしれない」と書き加えている。こういうことをやっているから、私は主人公なんかと勘違いされたのかもしれない。

 だいたい、私なんかが主人公であるわけがない。まあ主人公はこういう肝心なことに関してどこかからだでも悪いのかと思ってしまうほど鈍感になってしまうことがあるが、それでも私は自身が主人公ではない、と確信を持っているし、敏感にそれを感じ取っている。

 なぜなら、この世は物語なんかじゃないからである。人生の主役はあなた自身です、と広告のキャッチコピーなんかで目にすることは多いが、それは人生を物語に見立てた場合のことである。人の人生を、一生という時間を、擬物語化している。擬人化のように。人生は物語ほど劇的ではないし、他人が観察してもさして面白いものではない。エッセイなんかは面白かった瞬間を抽出して書いているのであって、作者の人生だってそのエピソードが起こった瞬間以外の大部分は退屈と共に過ぎているだろう。真実は小説よりも奇なり、それは確かにそうかもしれないが、小説より奇妙だからって小説より面白いわけではない。

 んだよ、ということを私は魔王に要約して語ってみせた。

「私はそうは思わないがな。貴様は自分が気づいていない、又は鈍感を装っているだけの主人公だ」

 しかし響かなかった。


 それ以上無為な言い合いをやろうという気力や時間の浪費は私も魔王も好きではなかったので、私達は自分の教室に帰ることになった。

「どうして私の隣を歩くんですか」

「貴様のクラスに転校したからだ。ちなみに貴様以外の人間は予め手下に洗脳させているから、私が魔王であることを暴露しても奴らは信じないぞ」

「洗脳されてなくても信じないでしょうね」

 教室に入ると、魔王の姿は直ちに隠された。私より背の高い男子連中が早速と言った具合で背の低い魔王を取り囲んでしまったので、姿が見えなくなってしまったのだ。魔王は勢いよく取り囲まれたので私は突き飛ばされてしまったが、なんとか転ぶ前に踏みとどまることができた。

「転校生と話でもしてたの?」

 席に戻ると、可夏子さんは興味深そうに私に尋ねた。

「どうでもいい話をしたよ」

「仲良くなったっぽいね」

「そうでもないかな」

 可夏子さんは首を傾げた。

「こんなに長いことどうでもいい話をできる相手と、どうして仲良くならないの?」

 長いこと喋っていたつもりはない、と思いながら教室の時計に視線を移してみると、下校時刻が迫ってきていた。


 水も飲まずに何時間、私は魔王と喋っていたんだろう。今日は人生で一番長いこと他人と雑談した日になるかもしれない。ともかく下校時刻はすぐにやって来て、私は家に帰ることにした。可夏子さんとは帰り道が違うので、すぐに別れた。

 一人で家に帰りながら、そう言えば図書館で結末の固め方を模索していた不審者と評されても仕方がないあの人達はどうなったんだろう、と部外者ながらに考えてみた。小説の登場人物である魔王が現実に登場してしまったということは、まだ小説の結末は決まっていないんだろうか。ひょっとしたらこの瞬間に結末が固まって、登場人物たちはもう物語の中に帰っていったかもしれない。

 そうだとしたら、嬉しいのか寂しいのか。実際にそうなってみないことにはわからない。自分の感情を未来予知するなんてことは、私にはできない。預言者と呼ばれる人たちが時折オカルト番組で来日したりするけど、ああいう人達は感情がないんじゃないだろうか。だって預言者を自称しているんだから、少なくとも羞恥心は死んでしまっているに違いない。

 家のドアを開けると、おかえり、と声がした。

 フリュレさんの声だった。

「今日もいるんですか」

「話し合ったんだけどさ、決まらなかった、結局」

 今日というは、退屈で無駄な一日だったように思う。こんな人生が物語であってたまるものか。

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