第26話かもしれないし、最終話かもしれない

 外見が稚すぎるせいか、魔王はあまり世を儚んでいるようには見えなかった。いや、儚く思っているのではないのかもしれない。他人どころか魔王なんだから、他者の気持ちを正確に言い当てることなんかできない。もしできたとしたら、私はその人の神経の図太さと自分に対する自信に驚いてしまうだろう。それほどまでに、私は人が他人の気持ちを当てることができるわけがない、と強く思い込んでいる。


 そして魔王が私と話したかった理由とは何なのだろう。自分の設定を延々と私に公開することに寄って、魔王は一体何がやりたかったのか。

「元の世界に戻りたい、とかですか」

 尋ねてみたものの、そうは思っていなさそうだった。魔王がこの世界に対して語った印象から連想してみるに、こちらの世界の雄大さに気がついて、元の世界に狭さにうんざりした、という感想を抱いたようだった。もちろんこれは推測だ。他者の気持ちを当てることなんかできるわけがないのだから、想像で「これは近いんじゃないか」というところまでしか人の頭ではたどり着けない。もし人の気持ちを言い当てることができたら、それは妖怪だろう。妖怪さとり、人の気持ちを言い当てる怪物だ。それほどまでに、人は他者の気持ちを当てることができない、と昔から知っていた、ということだ。

「戻りたいわけじゃない。私は死にたいんだ」

 魔王は繰り返した。しかし私がそれを知っているわけがない。どうやったって、世界を滅ぼしても死ねなかった魔王を死なせる方法を、私が知っているわけがないだろう。

「奴は考えなかったんだ、私を死なせる方法を」

「奴、というのは」

「夕凪隼人だ」

 夕凪隼人、自分が書いたまだ終わっていない小説から登場人物が続々と飛び出してしまっている加害者、または被害者である。

「奴は、私をどうやって死なせるのか、まだ考えていないようだ。証拠に、私はどうすれば倒されるのか、殺されるのか、自分でもわかっていない」

「魔王さんは、夕凪隼人さんが何を考えているのか、わからないんですか」

 人は他者の気持ちがわからない。しかし創造主と被造物という関係だったらどうだろう。自分で設定や性格や運命を決定したキャラクターは、自分の分身のようなものだ。そういう相手なら気持ちを言い当てられるんじゃないか。人と人との関係じゃないんだから。

「夕凪隼人は私を倒すために旅をしていた。しかし、それしかわからない」

「それしか、というのは」

「奴は私の設定しか決めなかったんだ。私を殺すという結末は決めていない」

 夕凪隼人さんの小説の結末は、魔王を倒すところで終わる、予定だったようだ。もし魔王を倒して終わりなんだったら、結末の形が定まっていない、なんてことは起こらないだろう。もちろんこれも推測だ。大体そもそも、小説の結末を触れるってどういうことだよ、という話になる。どうして決定すらされていない話の結末が道端で拾えるんだ。おかしいだろう。だからこの件に関しては、私の想像の範疇外の減少が起こっているに違いない。

「魔王を倒して終わりという結末ではなくなった、ということですか」

 魔王が登場して魔王を倒すストーリーのゲームなんかだと、魔王を倒したあとにエピローグがある。大体の場合、魔王を倒した人物を魔王に苦しめられていた人々が祝福する、というエピローグになるが、このエピローグってどこで終わるのが一番適切なんだろう。幼馴染と結婚することになるのか、王様から巨万の富を与えられるのか、それとも新たな魔王の出現を示唆するような不穏な空気が流れ始めるのか。とにかく、魔王を倒す話は魔王を倒した瞬間には終わらない。桃太郎だって鬼を倒した瞬間には終わらない。金銀財宝を持って家に帰る、というエピローグがある。

「いや、奴は私の倒し方がわからないようだ」

「倒し方が、わからない。それってどういうことですか」

「私を強く設定しすぎて、私の倒し方がわからないらしい」

 つまり、見切り発車で書き始め、魔王を十分に強くしたところ、その魔王を打ち倒す手段が思い浮かばなかった、ということなのか。

「なあお前。なあ銀閣良。お前はどうすれば私を殺せると思う?」

「それをどうして私に尋ねるのか、わかりません」

 夕凪隼人さんのところに連れて行って、登場人物たちと一緒に考えればいいだろうに。どうして私に?

「お前からは結末の気配がするんだよ。終わりの気配が。だから私はこうしてお前の学校に侵入した。部下に魔法を使わせて、お前以外のことは洗脳してある」

 だから、どうして私にそこまで期待するんだろう?

 これが、魔王の恐ろしさなのか。

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