終局編または始動編
第25話かもしれないし、最終話かもしれない
それにしてもまたしても、夕凪隼人関連の人物が登場である。魔王と自称しているからには魔王なんだろう。見たところ背の低い人間にしか見えないが、異世界人はモンスターと明記されていない限り人間と同じ姿かたちをしているものだ。私はそこのところを追求するのを諦めている。
「魔王が私に何かしらの用事があるんですか」
「無論、ある。だから貴様が一人になるところを狙っていた」
トイレなんか狙わなくても、私が一人になるタイミングなどいくらでもある。と、説明するのは虚しいのでやめておくことにしよう。
「それで、どんな用事なんですか」
死んでくれ、とかだったらどうしようか。私は人間を殺そうとする魔王から逃げ切ることができるんだろうか。
さっきからずいぶんすんなりと相手が魔王であることを受け入れてしまっている。夕凪隼人という名前が出ただけで、こんなにも順応してしまっている。私はもう毒されてしまっているのかもしれない。今回のいろいろなことが収束して、いつもの生活に戻ったら物足りなさや安心を感じたりするようになるんだろうか。などと、過剰に意識してしまう程度に、私は自分が置かれた境遇の非現実性を、そして非現実的な状況に自分が置かれているという現実を、受け入れてしまっている。私は大丈夫だろうか。主に、私の頭は大丈夫なままでいられるのだろうか。
トイレで話を進めるのはどうにも締まらない、魔王としてもこんなところで重要そうな話を進めるのは立場的にいかがなものだろうか。と物申すことで、私と魔王はトイレからの脱出を果たした。一緒にトイレから出ただけなんだが。私は逃げようとはしなかった。逃げてもどうにもならないだろう、だって魔王なんだから。もしも魔王を自称しているだけの痛い子だとしたら、それもそれで逃げる必要はないだろう。多分逃げ遅れても逃げ切れるだろうから。
「じゃあ、用件を聞きましょう」
トイレから出た私達は、階段の下のちょっとした空間に腰を下ろしていた。ここには簡素なベンチが置かれており、私が腰を下ろすと魔王は隣に座った。魔王の足は地面に届いていない。平均的な小学生よりも小さいんじゃないだろうか。
「うむ。私を殺す方法を考えて欲しい」
想像していたのと逆だった。
魔王の強さがどれほどのものか、ペンネーム夕凪隼人の描いた小説の内容を把握していない、把握する以前に文章の眠たさにやられてしまった私は知らない。でも大体その名称から強さの規模は推測できる。きっと世界一強いんだろう。馬鹿みたいな表現だが、きっとそれ以上のことは決まっていない。だって魔王自らが、自分を倒す方法を他者に尋ねているくらいなのだから。
「死に方がわからない、ということですか」
本人に確認をとってみた。
「ああ。私は強い。強すぎる。だから死に方すらわからない。それほどまでに、私は強い」
情報量が限りなくゼロに近い返答が得られた。
「首を切ったことはありますか」
「すぐに生えてきた。他の部位も同様だ」
「じゃあ、毒なんかも」
「中和できる」
「世界一強大な魔法を自分に向けて撃ってみる、とか」
「私の世界における魔法は、私が管理している。魔法を習得するには私の助力が必要だ。だから私は、魔力を自分で操ることができない」
「じゃあ、どうやって強い魔王をやっているんですか」
「私は魔法の一切を扱えない。大雑把に魔力を動かすことができるくらいだ。それを身体強化、不老不死、私に向けられる魔法の無力化のために運用している。故に、私を魔法や物理的な要因で殺すことはできない」
「その運用をやめることは」
「できない。世界がそれを自動的に行なっている。その世界とやらが何者なのか、私にはわからない」
魔王は勝手に魔王として生まれ、魔王として生き、そして魔王として存在し続けている。それは世界が勝手に決めたことで、なぜ存在するのかは本人にすらわかっていない、らしい。
「じゃあ、世界を滅ぼすくらいしか死ぬ方法は無いんですね」
「そうしたいんだがな。私は世界で最も強大な存在だが、世界よりも強大な存在ではない。私の能力の全てを用いても、世界のすべての形あるもの、命あるものの破壊はできるが、世界そのものの破壊はできない」
「やってみたことがあるんですか」
「ある。そして死ねないことが嫌になってふて寝していたらいつの間にか生命が復活して、人間やらが発生して、そいつらが私が破壊するより前の文明を再び作った」
壊しても壊しても、世界そのものが勝手に修復してしまう、ということだろうか。私は積み木が倒れるところの逆再生をイメージした。倒れたらそこでゲームは終わる。ただし何度でも再スタートできる。積み木のパーツが壊れても、誰かが新しく同じものを買ってきてくれる。そういう感じだろうか。
「遊びに例えるのか。それもいいだろう、私ほど強くない貴様には、想像することが現界だ」
「実体験すればわかるからやってみろ、とでも言いたそうですね」
「魔王としての立場を譲渡するための行動も行った。教会で神に祈ったことすらある。しかし、できなかった。私はずっと魔王で、ずっと世界一強大な存在で、ずっと生きっぱなしだ。この気持、わかる……わけがないか。貴様はまだ百年も生きていないのだから」
小さい魔王は、憂いのこもった顔でため息を付いた。
その様子は、旅行の帰りの車の中で、渋滞に巻き込まれたまま二時間が経過した子供のようだった。
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