第23話かもしれないし、最終話かもしれない
それにしてもひどい二十二話だった。校門前で今からでも学校に行くべきか行かざるべきか、そんな判断に迷いながら頭の中で練っていた毒にも薬にも暇つぶしにもならないことをうだうだと続けているだけで一話を消費してしまうなんて。もう少し私はテンポというものを意識したほうがいいのかもしれない。いや、かもしれない、じゃない。意識しなければならない。
というわけで私は教室に入った。校門から靴箱を通過して教室に向かうまでの足取りも極めて重く、まるで眠たい象のようにゆっくりで、道中では私と同じように授業をサボっていたり移動教室から抜け出したりした他の生徒とすれ違ったり言葉をかわしたりしたのだが、そういった描写は省こう。テンポを意識しなければならない。時間は無限ではないのだ、話が進まない話なんて苦痛でしか無いじゃないか。
と言いながら二段落も消費しているあたり、意識しているだけで現実の行動が追いついていないことがわかる。実際、私の行動はテンポが悪かった。あんなに人間はゆっくり歩けるのか、と自分でも驚くほど、教室までの足取りは遅かった。校舎の前で棒のように立って考え事をしていた時間と同じくらいの時間を欠けて、私は校舎に入ってから教室までの廊下を歩いたような気がする。もちろん実際に計測したわけではないから憶測である。でも、はっきりと遅いと自分でも意識できるほど遅かった。
だから早く教室に入ってからのことを描写しろと。こんなにテンポの悪い話があって貯まるか。この二十三話もこうしてダラダラと考え事をしている頭の中のことだけで終わってしまうかもしれない。だからここは話を進めよう。同じ言葉を繰り返してしまっているが、テンポが大事だ。テンポの悪い話は誰も聞いてくれない。聞いてくれたとしても、それは我慢して聞いてくれているのだ。
そう、私は教室に入るときにどんな想定をしたかと言うと……いや、また憶測を話そうとしている。やめよう。とにかく自分が教室に現れることで教室内の雰囲気が悪くなるんじゃないか、と不安になりながら私は教室に入った。
しかし何の問題もなかった。私が居なくても教室の秩序は少しも乱れることはなかった。自意識過剰も甚だしい。未だに同じクラスの人の名前をほとんどお覚えてすら居ない私が、一体どれほどの影響をクラス内に与えられるというのだろう。学校に愛着があるわけでもないのに、どうして私は自分の存在が学校に影響を与えられると思っていたんだ。
私が入る前と入ったあとで、クラス内の秩序は変動しなかった。だからといって、秩序が保たれていたというわけではない。ただ変動しなかっただけで、教室内ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
些細な騒ぎだった。些細じゃない程度の騒ぎだったら、私も教室に入る前に騒がしいと気づいていただろう。教室に入ってから初めて気づくレベルの、ささやかな騒ぎだった。
クラスの約半数の生徒が、一つの席を囲んでいたのだ。それも教室の一番後ろ、昨日までは存在していなかった席だった。あれ、私は昨日登校したっけ。まあいい、私が登校しようがしまいが学校は何の影響設けないだろうから。
自分の席に座った。すると前の席に座っていた可夏子さんが早速といった感じで振り返ってきた。彼女は教室内の小声の騒乱に参加していなかったのだ。
「久しぶり」
可夏子さんの第一声はそんな挨拶だった。
「そんなに開けていたっけ」
「結構長いこと会わなかったような気がするんだけど、気のせい?」
「気のせいじゃないかも」
可夏子さんと最後に会ってから、可夏子さん以外の人物と結構な回数、初対面を果たした。顔見知りと顔を合わせた回数よりも多いかもしれない。フリュレさんとスタニスさんとペンネーム夕凪隼人さんと可夏子さんの母。うん、多い。普段の生活で出会う顔見知りは家族と可夏子さんくらいしかいないから。
「ところで、あの肉壁は?」
一番後ろの席にできているクラスメイトたちで作られた人間の壁が何なのか、私は可夏子さんに尋ねた。
「肉壁って。なんかすごい表現するね」
「細胞壁みたいなものと思って」
「野次馬は植物かなんかだと思ってんのかい、銀閣は」
細胞壁は植物にのみ存在している機関である。でも教室の後ろで一つの机を完全に囲い込んで中心を完全に隠している様子は、細胞膜というよりは細胞壁と言ったほうが適切な表現に思えた。
「転校生が来たんだよ。それにみんな気になってるから、あんなに囲んであるの」
「だからといって、熱心に囲みすぎじゃない? ちょっと異常に見えるけれど」
「まあ、異常が起こっちゃうよね。それも仕方ないかな」
「どうして」
「異常なくらいかわいいから」
そんな人間が存在するのか。
「芸能人で言うと、例えば誰」
「いや、現実離れした可愛さだから」
現実離れ。可夏子さんはかわいいらしい転校生を、そんな現実離れした言葉で言い表した。
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