第22話かもしれないし、最終話かもしれない
学校に着いた。春秋私立図書館は家から学校までの道のりの反対方向にあるので、結構歩くことになったのだが、到着しても少しも達成感が沸かない。まあ学校に行ったくらいで達成感を味わうほうがどうかしているのかもしれない。
でも、これが引きこもりだったら。例えば、学生かどうか走らないけど、部屋にペットボトルを飲料以外の目的で置いている夕凪隼人さんなんかが一念発起してようやく到着した校門だったりしたら。結構な達成感を味わえるんじゃないだろうか。それとも、これから久々に教室に顔をだすことに対する不安の入り混じった高揚感か。
親は子供を学校に活かせることで心の安定を図る。そういうものだと私は思っている。そして、子供は行きたくなくても学校に行くことに寄って、とりあえず自分は社会の一部であることを感じ、ここにさえ通っていればとりあえず周囲の人間は最低限の常識を守っているもの、として扱ってくれるため、少々の安心感を得ることができる。
学校が嫌ならやめてしまえばいい、なんて意見をネットで見ることがあるが、そういった書き込みをしている人は絶対に学校に通っていないか、学校の嫌な思い出を忘れてしまっているかのどちらかだ。学校は苦痛である。そしてとても疲弊する環境である。誰がなんと主張しようと、私はこの意見を変えるつもりはない。そして卒業してから、「あの頃は学校にさえ通っていればよかったから気楽だったんだよなあ」とか言うのだ。学生に向かって。
嫌味な大人だ、そんな奴は。きっと学生からの好感度なんて考えたことがないんだろう。それか、大人は無条件に子供に尊敬されるもの、などと勘違いをしているか。
私はここに言い切ろう、大人は例外なく子供に軽蔑されている。無条件で尊敬されている大人など存在しない。そりゃ有名なスポーツ選手やらハリウッドの金持ちやらは羨望の視線を子供からも浴びているかもしれないが、それは決して尊敬ではない。その地位が、財産が、容姿が欲しいと願っているだけだ。尊いとも思っていないし敬ってもいない。
じゃあ尊敬という言葉は一体何のために、誰が誰に向けるために存在している言葉なのか。辞書に書かれている尊敬という言葉の意味をここまで目一杯否定しまくった私に言わせれば、尊敬というのは嫌いじゃない相手に対する嫉妬である。自分にない、そして自分が欲しいものを持っていて、それでいてその相手が自分にとって不快でない場合。その場合、尊敬という感情が発生する。そうに違いない。
何を悟ったようなことを語っているんだろう、私は。校門の前で。それも一人で。しかも頭の中で。人生でこれほど無益な時間が存在するだろうか? 無駄を楽しむことを肯定している人であってもこれほどの無意味な時間の消費は許さないだろう。もし私の直ぐ側に時間が惜しいと感じたまま死んだ幽霊が居たら「じゃあその時間くれよ」とか言って呪ってくるに違いない。
つまり私は躊躇しているのだ。学校に今から入りたくないから、こうして校門の前であってもなくても同じような、一秒後に忘れていても何の問題もないようなことを考え込んで足を止めてしまっているのだ。世の中に無駄なんて一つもない、とこの状況を見て言い切れる人が居たとしたら、その人はもう少し社会というものを考えたほうがいい。世界には誰にも否定出来ないほど無駄な時間というものが確実に存在しているのだ。
じゃあ、私はずっとこのまま校門の前に立っているのか? それじゃあやがて下校時刻になってしまうじゃないか。下校する生徒たちに、こんなにも無様で臆病な姿を見られるのは悲しい。悔しいじゃなく悲しい。憐れまれすらしないだろう。一体何なんだろう、どうしてこいつは学校に入らなかったんだろう、ひょっとしてうちの学校の制服のコスプレをした不審者なんじゃないか。そこまで考えるほど疑り深い人間が、私一人しかこの学校に居ないとは考えづらい。人の考えは百人百様である。この学校には数百人の生徒が居て、数百の考えが存在している。私が考えたとおりの不信感を私に対して抱く人間はいないかもしれないが、私が考えたとおりじゃない道筋から私を不審者と断定する誰かが居たとしてもおかしくはない。
「はあ」
「おい」
ため息を一つついたところで、校門直ぐ側の校舎の一階にある職員室から、一人の教員が出てきて、私に声をかけた。
「遅刻か」
知っている教師ではなかったが、見た感じガタイがいい。そしてジャージを着ている。多分別の学年や男子の体育を担当している教師だろう。
「そうですが」
「じゃあさっさと入れ。これ以上遅れると欠席扱いになるぞ」
「そうします」
正直、助かった、と思った。そして私は校内に足を踏み入れた。すれ違いながら、私は常々思っていることを尋ねてみた。
「ところで、体育教師ってどうしてあんなに高圧的なんでしょうね。もしかして生徒を支配しているつもりなんでしょうか」
「関係ないことを聞くな。早く授業に出ろ」
「優越感を肴に夜は酒を飲んでいるんでしょうか。優越感をオカズにオナニーでもしてるんでしょうか」
「お前が体育嫌いなのは痛いほどわかったから、これ以上校門の近くで痛い言動をしないでくれ。俺はともかく他の生徒が誤解される」
黙って言うことを聞け、みたいなことを返してくれれば、もっと対話は続いたかもしれないのに。その場合最終的に殴られるかもしれないが。
ともかく、知らない教師は私と話したくないようだったので、私はおとなしく話を打ち切り、教室へ向かうことにした。足取りが重くて下半身が取れそうだ。
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