第21話かもしれないし、最終話かもしれない
そうだ、この人も変なのだった。なにせ可夏子さんの母親なのだ、あの変人を探して友だちになるのが趣味の変人の家族なのだから、その性格を形作った家庭環境の一端である家族の一員である可夏子さんの母親も変であっても何もおかしくはない。変でおかしくない、というのもおかしな表現だ。しかし変な人に対してまともな表現を使うのもおかしいんじゃないのか。変な人には変な表現を使うのが変人を変人として伝えるのに最も有効なんじゃないのか。
そんな変人好きに気に入られた私も変人なんだろうか。可夏子さんは私のことを変人と評していたが、自分では変人とは思えない。が、じゃあ変じゃない普通の人間とは一体何者か、と問われると、ちょっと言葉に詰まってしまう。なぜなら私にはほとんど友だちがいない。テレビなんかでは友だちがいない人生など死んでいるも同然である、とでも訴えたがっている表現をよく見かけるが、居ないなら居ないで、結構やっていけるものである。どうしてテレビなど声のでかいメディアで友人の存在をあんなに美化しているのか、私はその答えを推測できる。友達が多い人がああいったものを作っているからだ。ネットのコミュニティとかテレビ番組とか、その他あらゆる創作とか。一人でも案外生きていける、みたいなことを主張するのは、一人でも制作できる小説くらいのものか。
春秋私立図書館にて、一冊の小説を四人が同時に眺めている。同じページを四人で眺めているのだから、さぞ読みづらいだろうな、と思う。どんなにに偏った感性を持つ人同士であっても文章を読む速さには個人差があるし、それに文字を追う上で他人がすぐ隣で同じ文字列を眺めているのは邪魔なんじゃないだろうか。私にそれはわからない。他人と同時に同じ本を読むなんて機会がないからだ。小説はほとんどそうかもしれない。
もしもこれが図鑑とかだったりしたら、他人と同じページを眺めていても問題ないだろう。図鑑は小説と違って文字だらけではない。むしろ写真だらけだ。各々が違う写真を眺め、一人が一つの写真を面白がって指を挿せば同じページを眺めていた他人が一斉に注目する。そういう読み方は、当人たちにとってはとても充実した時間だろう。私には本を大開きにしてページを劣化させているようで、勿体なく見えて仕方がない。
四人、ペンネーム夕凪隼人さんとフリュレさんと黒装束の男二人が同時に眺めている本は、ペンネーム夕凪隼人作の「おとぎの国の混沌」第一巻だった。全員で同じ本を読みながら、自分たちがやって来たり作ってきた世界の再確認を行っているらしい。そしてそれを基に、ペンネーム夕凪隼人さんの頭からすっぽ抜けた物語の結末を確定させ、フリュレさんと男二人、あと置いてきたスタニスさんは小説内の世界、異世界に戻ろう、という算段らしい。
四人は同じ本を読みながら極めて小さい声で話し合っている。設定について離しているのか、思い出話に花を咲かせているのか、細かな伏線を見つけてそれを結末に活かそうとしているのか、内容が聞こえてこないので何を話しているのかよくわからない。私は四人から離れた席に座っている。というか黒装束の男二人は顔まで黒い布で覆っているが、本の中の文字など見えているのだろうか。
春秋私立図書館には自費出版の本ばかりが置かれている。だから適当に本を手にとって見ても、その裏表紙にはバーコードなどが印刷されていることはない。自費出版の本を本屋に置くことは可能ではあるのだが、ここにあるのはそういった自費出版を流通に乗せる会社なんかを経由せずに印刷された本ばかりであるらしい。そんな本を、どうやってこんなに集めることができたのか。謎である。
「私にもわかってないんだよね」
可夏子さんの母は言った。
「この図書館、実は全国に視点があるのよ。店、って言うには儲けなんか殆どないんだけど」
春秋市立図書館は全国に予想以上に存在しており、そのどれもが自費出版された本を専門に取り扱っており、利用料は有料だがそのどれもが利益になるほどの利用者は居ないらしい。しかしそれでも、可夏子さんの母には給料が出ているらしい。
「どうやって給料を捻出しているのか、優秀な私立探偵でも雇わないとわからないんじゃない? 私はお金が勿体無いからそんなことはやらないけど」
架空の名探偵を登場させるほどの調査を行わないと真相が暴けなさそうなほど、この図書館を運営しているのは謎な組織であるらしい。確かに、利益にもならない換算とした図書館をいくつも運営することは何のイメージアップにもならないだろうし、金持ちの道楽にしては規模が大きすぎるし、道楽としてもこんな変わった図書館の運営が面白いとは思えない。考えられる可能性としては、……やっぱり何も思いつかない。
考えが浮かばないことに気づくと同時に、私は席から立ち上がった。
「何か読む?」
私は読書は好きな方だ。出版社から本を出せるほどのプロが書いた本からは、どんなにつまらないと感じたものからであっても得るものはある、と思っている。
「いえ、出ます」
でもここにあるのは自費出版本ばかりだ。書いた人が出したいと思って、お金を払って印刷させた本ばかりだ。誰かに認められて出された本ではない。趣味として、あるいは身勝手な使命として世に出てしまった本ばかりだ。ここの本を読むくらいなら公立の図書館にでも行ったほうがいい。
私は図書館から出た。気がついたからだ。ペンネーム夕凪隼人さんたちの事情に、私は無関係であることに。その上で春秋私立図書館の本に興味がないと来たら、もうあそこに自分の身を置いておく理由などどこにもない。
学校にでも行ってみようか。せっかく制服を着て家から出たことだし、と私は思った。
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