第20話かもしれないし、最終話かもしれない

 物語の結末、という色も形もない概念のようなものを拾ってからというもの、私は善人に会えていないような気がする。そもそも私自身が善人ではない。これまでの人生、私は正義感を基に行動したことがないし、親たちに対しては価値観が違いすぎて異星人のように感じているし、可夏子さんに関しては彼女のマニアックなコレクションの一部にされているという感覚だし、異世界からやってきたと自称する人たちは家族なんかよりずっと話が通じないし、ペンネーム夕凪隼人に関してはわけがわからない。黒装束の男たちは人の家に火を放った犯罪者だ。そして包丁を持って家の奥から出てきたペンネーム夕凪隼人の家族の女の人は、怖い。

「全部聞いてたんだけどさ、うるさいんだよねえ」

 女の人は包丁を振りかぶった。


 美術教師、ああそんな人もいた。だけども未だに名字すら思い出せない。その美術教師の息子と娘に会うために家にまで乗り込んだのに、表札を確認し忘れてしまった。だからペンネーム夕凪隼人さんの本名を、私はまだ知らない。

 春秋私立図書館に行くため、無事なメンバーで家を出てから表札を確認していないことに気がついた。全員ほぼ無言で歩いているのだから、ここで本名を尋ねておくべきだろうか。でもペンネーム夕凪隼人さんは余程人の目が怖いらしく、合羽で前進を隠して顔をマスクで隠して地面から顔を挙げずに歩いている。むしろ人の目を引きたいんじゃないか、とすら思えるほど目立ってしまっている。

 連れだって歩いているメンバーは、まず私と、異世界人のフリュレさん、態度は温厚だが絶対どこかに地雷がある黒装束の名乗りもしない男二人、そのうち一人は火のついた松明を持っている、それからペンネーム夕凪隼人さんだ。五人もの人数で連れ立って歩くなんて、私は初めての経験である。

 スタニスさんとこちらも名前を聞きそびれたペンネーム夕凪隼人さんのご家族の方は、家に残っている。スタニスさんは包丁の柄の部分で後頭部を殴られて気絶しているし、それをやった犯人たるご家族の方は、

「気にしないで、行っていいよ」

 と言うので私達は出発するしか無かった。包丁を持った人のいる家にあまり滞在していたくなかったから、全員がその言葉に従った。結末はフリュレさんが持っている。相変わらず不定形で色も匂いもなく、太陽光も反射せずに透過させてしまっている。どう形容すればいいのかわからないので、夕凪隼人さんにはさっさと結末を決定させてほしい。


 春秋私立図書館に着くまで、ただの一件も店の前を通過しなかったし、誰ともすれ違うことはなかった。人気がないのは平日の昼間の住宅街だからだろう。コンビニがある道は避けて通った。こんな半分以上が顔を隠している集団をコンビニ店員に目撃されたくない。

 民家と民家に挟まれて、相変わらずの違和感を放っている雑居ビルの二階に上がり、私達は春秋図書館に入ろうとした。が、そこでようやく私は当たり前のことに気がついた。

「それ、消せないんですか?」

 黒装束の男の一人が持っている火の着いた松明である。いくら魔法で指定されたもの以外は燃やさないようになっているとは言え、煙草やライターなんかより遥かに犯罪臭が大きい松明なんてものを持って紙だらけの図書館に入るなんて、たとえスプリンクラーが許しても図書館関係者は誰も許さないだろう。

「この魔法を解除する魔法を使える人なら、消せますよ」

 男は火が消されることに対して何も感じていないらしかった。

「そう言うってことは、使えないんですか?」

「俺らの顔の焼印、魔力封じの紋章なんで」

 どうして紋章は異世界だとやたら魔力と縁があるのだろう。魔法の発生源としてわかりやすいからだろうか。

「じゃあフリュレさん」

「魔法解除の魔法は、私は使えませんよ」

 唯一まともに魔法が使えそうな人物は、全く使えなかった。

「じゃあ夕凪隼人さん、自分に設定を書き加えて魔法が使えるようにするとか、できます?」

「魔法が使えない主人公がどうにか頑張る話なので、無理です」

 松明の火を消す手段は存在しなかった。

「じゃあ、火を持っているそちらの方は、図書館の外で待っていただくしかないですね」

「あら、不思議な集団ね」

 図書館から受付の女性が出てきた。入口の前で五人も固まって話していれば、そりゃあ気になるだろう。

「その火、燃えないんでしょう?」

「なんで知ってるんですか」

「蔵書を読んだからね」

 この人にも、あの眠たくなる本が読めたのか。もしかして私は読書する能力が低いのか?

「あなたのことは覚えてる。あなたも昨日着たから知ってる。そっちの覆面の三人組は? 強盗とかだったら私は逃げて通報するけど」

 受付の人は私とフリュレさんのことは覚えていた。そして顔を隠しているペンネーム夕凪隼人さんと黒装束の男二人に対しては警戒することを宣言した。というか、もっと恐れてもいいんじゃないか。

 ひょっとしてこの人も、ちょっとおかしいんじゃないか。

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