第19話かもしれないし、最終話かもしれない

 覆面の男たちは温厚だった。温厚ではあったが善人ではなかった。ただ、こちらに対して危害を与えても何も得られないので、敵対的に接したところで何ら得することはない、と判断したのだろう。男たちは自分たちの状況を説明し始めた。覆面は取らずに。

 説明の最中、スタニスさんは悪鬼に出会ったかのように烈火のごとく怒鳴り散らしていたが、説明を聞いているとそれも無理もない話だった。男たちはスタニスさんの家の唯一の財産である屋敷を焼いた犯人であるらしい。その屋敷を燃やすために使ったのが、一人が手に持っている火の着いた松明だった。その火は指定されたもの以外には一切燃え移らないような魔法がかけられているらしく、触っても熱くなかった。そして炎を触ってみた私はフリュレさんやスタニスさんやペンネーム夕凪隼人さんに引かれた。そういえば燃え移らないとは言っていたが熱くないとは言っていなかった。


 自分から最後の拠り所を奪った放火魔を極刑に処すべし、とスタニスさんは繰り返し訴えていた。

「殺してやる!」

 とも叫んでいた。

 私達はそれを止めなかった。スタニスさんの怒りも最もなものだったし、男たちがやったことに対して相応の罰が与えられるのも当然だった。

 だからスタニスさんは男たちを罰すると決め、男たちも、

「金に困ってたし、こういう仕事を請け負うくらいしかなかったんで」

 とそれを受け入れることになった。


 そうしてから、数分後。

「あんたたちも手伝いなさいよ!」

 スタニスさんは男たちは殴っていた。一生懸命殴っていた。私は人を殴る理由がないので手を貸さなかった。フリュレさんもペンネーム夕凪隼人さんも加勢しなかった。スタニスさんは非力なようで、いくら殴っても男たちは倒れるどころか後ずさることすら無かった。

「武器持ってくるとかさあ!」

 確かに一旦家の中に戻れば、調理器具や工具などを持ってきて、非力な人間でも屈強な男たちに致死量のダメージを与えることも可能だろう。

「それ手伝っちゃうと、私に罪が被さってきそうだから」

 だから私はスタニスさんの復讐を、ただ見ていた。

「隼人さん、なにか武器でも持ってきてあげてくださいよ」

 フリュレさんも包丁を持ってきてあげたりするような手伝いをする気は無いらしく、ペンネーム夕凪隼人さんに頼っていた。

「自分の家のものに誰かの血がつくのは嫌だし、姉さんも怒ると思う」

 ペンネーム夕凪隼人さんも気のない返事を返すばかりだった。なんだろうかこの状況は。人生の行き止まりなのかもしれない。


 やがて、スタニスさんの息が切れた。殴り疲れたのだ。

 黒装束の男たちは、ダメージを受けた風には見えなかった。

「はあ……はあ……何、この状況」

 スタニスさんは周囲に敵意を撒き散らしながら三百六十度を睨み回した。

「スタニスさんは、攻撃魔法とか使えないんですか?」

 誰もこの家の凶器として使用可能なものを持ってこようとしなかったので、効果のない打撃よりも効果のありそうな魔法を使うべきではないのか。と、私はそう思った。でもスタニスさんはずっとそうしなかった。

「使えないけど、文句でもあるの!」

 そうしなかったのは、そうできなかったかららしい。

「あんたたちも! ちょっとは申し訳なさそうにしなさいよ! 顔くらい見せて謝罪するとかさあ!」

 スタニスさんは男たちに噛み付いた。もっともな要求だ。

「いや、俺たち悪党なのは間違いないんで、謝ったら人生終わるんですよ」

「あとこの布の中の顔は焼印が押されて爛れてるから、金持ちが見たりしたら吐くかもしれませんよ」

 さっきの説明でも聞いた。男たちは雇い主に高額の仕事を斡旋して貰う代わりに、他の誰かの仕事を請け負わないようにと、顔に焼印を押され、それが爛れて非常にグロテスクな顔になってしまったのだそうだ。それを隠しているのは、犯罪の発覚を遅らせるのもあるが、世間への配慮という一面もあるらしい。悪党も悪党なりに、気を使いたい相手がいるのかもしれない。

「こ……殺してやる!」

「どうぞ」

 そして悪党は殺されることに抵抗はない。悪党を自覚しているから殺されて人生を終えるのは当然、と覚悟しているのか、それともスタニスさんに殺されることは絶対ない、と確信しているのか。

「あ゛ーーーーーーーー!!!」

 怒りの持って行きどころがないスタニスさんは、そう叫んで発狂するしか無かった。

「さっきから、話は全部聞いてたんだけどさ」

 唐突に、廊下の奥からペンネーム夕凪隼人さんの家族であるラフな格好をした女性が現れた。

 その手には包丁が握られている。

「うるさいよ」

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