怒涛編または邂逅編

第16話かもしれないし、最終話かもしれない

 警戒されても挽回が可能であることを、それが人間の、いや異世界人の可能性なのかもしれないが、それが人という種のポテンシャルであるのかもしれないということを、私は思い知らされた。

 ジャージだかすウォットだかの楽そうな服で出てきたペンネーム夕凪隼人の身内の女の人の警戒度が上がってから、スタニスさんは押した。言葉と態度で押して押して、そして押してもだめならもっと押せとばかりに押しの強さを発揮して押しまくった。

 その結果、スタニスさんとフリュレさん、そしてチャイムを押したとはいえほぼ無関係である私もペンネーム夕凪隼人の家に上がることになった。

「そんなに好きなら、一回会ってみたら? もう……」

 それが、ペンネーム夕凪隼人の身内の女の人が敗北を認めた台詞となった。


 申し訳無さで心が張り裂けんばかりだったが、私は異世界人二人に続いてペンネーム夕凪隼人の家に立ち入った。中は一般的な一軒家になっていて、壁紙の材質はうちの廊下に使われているのと同じであるようだった。廊下を通り、リビングに通される。大きめのテレビに四人がけのテーブル、そして対面型のキッチンに生活感のある汚れや散らかりを少々加えた、ごく一般的なリビングだ。外観からして普通の家だったんだから、ここで驚くべき内装だったら驚くのだが、割と普通の家だった。

「じゃあ、読んでくるから」

「なんならこっちから行くけど?」

 スタニスさんは言葉と態度で相手を押し倒した興奮がまだ冷めていないのか、更に相手のスペースに押し入ろうとしていた。

「人が来るって言っとかないとあいつ、部屋の鍵開けないからさ。他人だったらなおさら絶対に開けない」

「トイレに行くときとかに部屋を出たりはしないんですか?」

 私は引きこもりに対する素朴な疑問を呈してみた。

「人がいるってあいつが思ってる限り、あいつは絶対にドアを開けない。それにベランダにはペットボトルが置いてある」

 昔のフランス方式か。昔のフランスでは排泄はバケツにしていたらしいが、現代日本の引きこもり界隈ではペットボトルが重宝されているという。バケツよりは匂いが漂わないし捨てるときに便利だし、時代は進化するものだ。

「でも、大の時はどうするんですか?」

 まさかペットボトルの口を肛門に突っ込むわけではないだろう。それに固くて太いものが出てしまった場合、ペットボトルには入らない。

「……コンビニの袋」

 なるほど。

「参考になります」

「何の?」

「学校では決して学べない、現代社会の」

「うちの弟の言動が現代社会の一部だと思わないでほしいんだけど」

 この人はペンネーム夕凪隼人の姉であるらしい。


 私達は待つことになった。無理やり部屋に押し入ろうとしていたスタニスさんは、いつの間にか熱が冷めてしまっていた。今はペンネーム夕凪隼人のお姉さんが部屋に呼びに行って、そして部屋に入っていいのかどうかの回答が戻ってくるのを待っている。

「どうして冷静になったんですか?」

「あんたが冷静に大の話とかするから急に冷めたんだよ」

 スタニスさんは今度は私を睨んでいる。

「排泄、しないんですか?」

「するよ。するけどあんたほど他人のアレに興味はないよ」

「私もちょっと引きましたね」

 フリュレさんまでスタニスさんに同意していた。これが異世界人の感性か。

「世界とか関係なく、人としてそう思ったんだけど」

「ということはやっぱり、スタニスさんたちはコスプレイヤーだったんですか?」

「違うっつの。一部の常識がこの世界と共通してる、ってこと」

「どんな常識が共通してるんですか?」

「あんた自分で自分のこと何もわからないの?」

 質問に質問で返されてしまった。そんなことをされたら会話が成立しなくなってしまう。

「というわけなので、まず教えてください。どんな常識があなた達の世界とこの世界で共通しているのか」

「大とか小とかの話を真顔で堂々と初対面の相手にしないのは常識でしょうが!」

 しかし半笑いで話すよりは誠実な態度だと思う。

「態度以前にそんな話をするな!」

「そうなんですか」

「本当に、あんたどうかしてる」

「それは、……そうなんですか」

 自分で自分を性格に評価できる人間は少ない。だからスタニスさんの評価を、私は受け入れることにした。どうかしてるから、可夏子さんも私に近寄ってきたのかもしれない。しかしどうかしてるというのは、通常、あまりポジティブな評価ではない。特に人格に対する評価としては最低に近いのではないだろうか。それなのにどうして、可夏子さんと私は友達でいられるのだろう。いや、可夏子さんは私と友達で居てくれるのだろう。


「準備できたって」

 お姉さんが戻ってきたので、会話を止めて私達はペンネーム夕凪隼人の部屋に向かった。二階の階段を登り、トイレの隣の一番奥が彼の部屋らしかった。

「いらっしゃい」

 扉を開けると、ピンクのドレスを着て頭にもピンクのリボンを付けている男性が私達を出迎えた。顔が中性的じゃなかったら、私はそこで踵を返していただろう。

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