第15話かもしれないし、最終話かもしれない
そもそもペンネームとは、格好良ければいいのか格好悪ければいいのか、それともそもそも小説なんか書くときにいちいちペンネームなんて偽名を使う必要があるのか。小説というものに対して、中身にしか興味がない人にとって、ペンネームとはどうでもいいものなのかもしれない。しかし「本」という物質自体が好き、特に紙の本を愛好している人はペンネームに対して考えている何かがあるのかもしれない。私はどうでもいい。だから、ペンネームにこだわっている人が考えていることはわからない。だから、気にもなる。
夕凪隼人というペンネームは、きっとふざけてつけた名前なんかじゃ無いだろう。だって夕凪だし。隼人だし。私のセンスが世間全体的に見て平均を上回っているのか下回っているのか知らないけど、少なくとも私には格好悪い名前ではないように感じられる。というか世間全体でセンスの良さのランキングがあったとして、世間で一番センスがいいとされた人は、ものすごく行きづらいんじゃないだろうか。一番センスのいい服を着て一番センスのいいものを食べて一番センスのいい場所に一番センスのいいインテリアを揃えて一番センスのいい仕事をやっていなければならない。想像しただけでプレッシャーで死にそうだ。
きっと自信家なんだろう、夕凪隼人という人は。自分にセンスのいいペンネームを与え、しかもそのままの名前で小説の中に出演してしまっている。これは自分が好きか自分が考えた名前が大好きか、主人公の名前を考えるのが面倒くさかったか、くらいしか可能性が考えられない。
さて、私と異世界人であるらしいフリュレさんとスタニスさんは、三人で一塊となって、昨日、美術教師に道順を教えてもらったペンネーム夕凪隼人とその父親である美術教師が住んでいる家、のあたりの路地にやってきた。日付が変わっても美術教師の名字は思い出せない。聞いたはずなのに全く思い出せない。これはきっと、全然必要ないときに思い出すパターンだろう。
そんな時を待つほど暇ではない。なので私達は表札を気にせず片っ端から家を訪ねてみることにした。一人だったらできないだろう。しかし、今日は三人だ。もし不審者に見られたとしても、私なんかよりフリュレさんやスタニスさんのほうが不審だから、昨日より気が楽だ。
「というわけなんですが」
「私達、不審なんですか」
「ちょっと失礼すぎない?」
「じゃあ、不思議な方々、ということで」
「それもねえ」
「ほとんど侮辱に聞こえるんだけど」
「でも、夕凪隼人さんに会うにはこうするしかないんです」
「だから私達が不審者に見えるってところを隠せって言ってるの」
スタニスさんがイライラしている。
「じゃあ、私達不審じゃない三人で、一軒ずつ家を回っていきますので」
「不審って言葉を使うなって言ってんの!」
スタニスさんがムカムカしている。
私達は一軒目のチャイムを押した。スタニスさんは私を噛み殺そうかという目をしている。しかし私にコミュニケーション能力を期待されても期待はずれの結果しか出せないことはこれまでの人生でわかっているので、気にしないことにした。
「はい?」
扉を開けて、女の人が出てきた。楽な部屋着を着ていて、大学生くらいに見える。
「ちょっとこのへんで探している人がいるんですが」
「はい?」
表情は変えていないが、不審がっているのがわかる。やっぱりだ。こう思われることは必至なので、私はあえて不審者という言葉を使った。多少ムカつかれても仕方がない、と割り切りながら。
「夕凪隼人、という人ってこのあたりにいませんかね。ペンネームなんですけど、私が通っている学校の先生の息子さんでして」
自分の説明の下手さが悲しい。憎いのではなくもはや悲しい。
「ああ、お父さんの生徒?」
「美術の先生なんですけど」
「じゃあお父さんの生徒さんだ。お父さん、非常勤講師なんだ。嫌がってたけど、お金ないから仕方ないって言って学校に行ってる」
だからあんな身なりで学校の教師なんてやっていられるのか。本当は芸術家としてやっていきたい、とかなんじゃないだろうか。
「それで、ペンネーム? あの子、夕凪隼人って言うんだ。言いやすいね」
「知らないんですか?」
「恥ずかしいんだろうね。私には教えてくれないんだ」
この人はペンネーム夕凪隼人の姉か妹か、ひょっとしたら母親かもしれない。
「こちらの二人が、夕凪隼人さんに用がありまして」
「コスプレの人? あの子が書いてるのって、コスプレイヤーが出るくらい人気あるんだ?」
「そうかもしれませんね」
私は数ページで寝た。
「不思議ねえ。漫画でもないのに」
「私、フリュレといいます。隼人さんが書いた物語の登場人物です」
「はい?」
警戒度が一気に上がった。
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