第14話かもしれないし、最終話かもしれない
再チャレンジを試みようとしていた。もちろん、この「おとぎの国の混沌」というタイトルの私が生きてきた中で一番読みづらい本へのチャレンジである。これはちゃんとした文字列で構成されている。たとえ意味のないランダム生成された文字の羅列であっても、数ページで寝てしまうということはない。実際にそういう本が存在するらしいが、それでもこの本よりは早く眠ったりなんかしないだろう。
それに、これは物語だ。登場人物が現実に出現して、常識的とは言えないまでもきちんとした自我を持って行動している。そのくらいの現実性のある人たちが登場する小説なのである。いくらクオリティが低くとも、ページを開いて即眠くなるというのはおかしい。
私は期待しすぎていたのかもしれない。きちんと製本された本なのだからその内容が常軌を逸してつまらないなんてことがあるはずがない、と勝手に決めつけていた。私は世間をナメていた。この世には想像を絶するほどつまらない本だって存在する。私は学んだ。そして覚悟を決めた。だから今度は大丈夫だ。
そうして再び「おとぎの国の混沌」を開こうとすると、
「あなた、娘と同じ学校の制服だけど、もしかしてサボり?」
と話しかけられた。
その人は昨日も受付に座っており、見た感じ妙齢な感じのする、普段は温厚だが本気で切れたらヤバそうな感じの女性だった。子供が居ても不思議ではない肌質をしている。肌質で判断するのは失礼かもしれないが、口に出したわけじゃないからセーフだろう。
「ええ、まあ」
答えたところで、私はこの私立図書館から追い出されることを覚悟していた。親世代はやたらと学校へ行かせたがるものだ。教育に個性をもたせることに不安を感じているに違いない。流行に鈍感であることに不安を感じるクラス内のうるさい人達と同じように、親たちも人と違ったことをやることに恐怖を感じているのだ。
「学費はあなたの親が出してるの?」
「そうですね」
私は奨学金で学校に通ってはいない。そして答えながら、私はすでに席を立つ準備をしていた。
「そう。まあ否定はしないけど、程々にね。あなたの親がここに文句を言うような人だったら、面倒だと思って」
もしかして、この人は私の想定ほど大人じゃないのでは。ということは、比較的話が通じる人なのでは。そもそもどうやって私立図書館の受付なんていう珍しい仕事をやっているのか、それも謎だし。謎な仕事をやっている大人は一般的な大人ほど頑なではないことが多い。ような気がする。謎な仕事をしている大人を大勢は知らないが、どんな感じはしている。
「親が文句なかったら、ここに来てもいいんですか?」
「最悪、バレなきゃいいけれど。でも、あなたのことちょっと気になってね」
割と大らかな人物のようだ。
「気になるって、何がですか」
「あなた、私の娘が言ってた同じ学校の友達っぽかったから」
娘の友だちっぽい、そんな理由で大人が大人以外に話しかけるものなんだろうか。
ふと、この図書館の名前を思い出した。
春秋私立図書館。
変人だから、という理由で私を友人に選んだ可夏子さんの名字と同じ名前を冠している。ひょっとして、ここの経営者は可夏子さんの関係者なのか。
「春秋可夏子さんと何か関係がある、ということですか」
「娘なの、可夏子って。私はここの経営者兼司書もどき」
「司書、もどき?」
「司書資格を持ってないから、ちゃんとした図書館に就職できなかったの。だから名前だけ図書館ってことにしてるここを作って、ここで司書の真似みたいな仕事をしているの」
変な人だった。どうして頑張って図書館の司書になろうと思わなかったのだろう?
「三回も司書試験に落ちたら、諦めが着いちゃってね。諦めグセって一度染み付いたら一生取れない」
司書試験より起業のほうが大変なんじゃないかと思ったが、そういえば起業には資格が必要ないことを思い出した。私だってやろうと思えば起業できる。小学生の社長がいるくらいなんだから。
「可夏子を知ってるってことは、あなたが娘の言ってた銀閣さんね?」
「そう、ですね」
名字で呼ばれるのはあまり好きではない。十年以上付き合っている名前だが、やっぱり名前というより名所っぽくて愛着が沸かない。
「なんとなくわかったの、ちょっと変だったから」
「どこか変でしたか」
「ええ、変」
どこが変だったのか聞きたかったのに、教えてくれなかった。
私は可夏子さんの母にここへ来た理由を説明した。結末のこともフリュレさんとスタニスさんのことも、この人なら頭から否定するということはないだろう。ただ、完璧に信じえくれるとも思えない。
「そうなんだ。あれでしょ?」
信じてくれたかどうかは分からなかったが、まだ試行錯誤を繰り返しているフリュレさんとスタニスさんが持っている色も形も存在感もない「おとぎの国の混沌」の結末のことは認識してくれた。
「あれをあの本の中に入れることって、できますか」
「不可能でしょうね。だってまだ決まってないから」
「えっ」
「なんですって?」
フリュレさんとスタニスさんが反応した。
「これについて、知ってるの」
スタニスさんは可夏子さんの母に結末を差し出した。どうにかできるならどうにかしてくれ、と言いたげだった。
「まだ形が定まってないもの。作者が決定しない限り、話の結末なんて決まる訳がないし、そんなものを本の中に入れることなんてできるわけがない。わかるでしょう?」
「そうだけど、そうだけど!」
スタニスさんは駄々をこねるように地団駄を踏んだ。お菓子を無限に食べる方法が見つからずに癇癪を起こす幼稚園児のようだった。
「だから、作者さんに決めてもらわなきゃ。そうすればそれは本の中に入るし、あなた達の物語の結末も決定する」
「作者……隼人さん、に?」
「本の中の主人公じゃなくて、作者の夕凪隼人さんに」
やはり、私達はペンネーム夕凪隼人に会っておかなければいけないらしかった。
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