覚醒編または解決編
第13話かもしれないし、最終話かもしれない
そして時は過ぎていく。いや、過ぎていた。
夕凪隼人著「おとぎの国の混沌」を読み始めて数時間、いやもしかしたら数十分間の出来事かもしれない。気がついた私からは経過した時間を感じる感覚が抜け落ちていた。いわゆる時を忘れていた、というやつだ。
その本の内容について、私が語れることはなにもない。断っておくと、私はちゃんと本を読む意志があったし、めったに読書をしないわけでもない。むしろここじゃない公立の図書館の利用回数は他の同世代の人たちより多いほうだと自負していたし、その原因が友だちが少ないからだということもちゃんと自覚している。可夏子さんの御眼鏡に適うような変人の周囲に人は集まらないのである。
そんな本を読むことに特別な抵抗があるわけではない私だったが、「おとぎの国の混沌」を読み始めた途端、私は内容も忘れて体感時間をすっ飛ばしてしまっていた。
つまり寝ていたのである。
つまらないとかそんな次元じゃない、人生で一度もレターセットを触ったことがない人に無理やり書かせた架空の相手へのラブレターよりも痛々しく、文章は壊れており、そしてなによりそれを大目に見て内容を理解しようとしても、それは退屈この上なかった。本になっている文章に退屈なものなどあるはずがない、という私の人生観はここで崩れることになる。
いや、自費出版の本だからクオリティが低いなんてもんじゃないくらい低いのは仕方がないことなのか。しかしそれでも、本を一冊以上書き上げる能力を持っているくらいなのだから、最低限の文章力はあるはずだ。構成力はこの際まあいいとして、本一冊分の文章量を書けるのであれば、それが一から百まで崩壊している、なんてことはない。はずだ。私はついさっきまで、そう思っていた。
もしやこの本はSFとかでよく出てくる言語兵器みたいなものなのだろうか? いや、そんな日現実的なものが存在していいのか? あるわけがない。アシモフのロボット三原則くらいだろう、文章が現実に干渉した例なんて。
つまり、簡潔に言えばこの本はつまらない。まだまだ全然序盤を呼んでいるうちに眠ってしまったのでもしかしたら後半になるに連れて文章力も上がって面白くなってくるのかもしれないが、でもファンタジー小説って途中を飛ばして読むと全く訳がわからないので飛ばし読みなんかできない。速読ができる人はファンタジー小説も飛ばし読みできるんだろうか。速読ってそんな技術じゃないか。
それにしても、と私は少し離れた席で「おとぎの国の混沌」の第七巻を開いて二人で覗き込み、それに没頭しているように見えるフリュレさんとスタニスさんに目をやってみる。ちっとも退屈そうじゃない。七巻まで行けば相当面白くなっているんだろうか。だとしても一巻がこんなに面白くない小説を七巻まで読み進めることなんてできるんだろうか。私にはできないので、二人にお話を伺ってみることにした。これをまともに読めるという特殊能力を持ったお二人であるのだから、きっと物語の概要も簡潔かつわかりやすく説明してくれるに違いない。
「あの」
「わかります?」
「いや、全然わからない」
フリュレさんとスタニスさんは本の途中の真っ白になっているページを覗き込みながら何かを考察しているようだった。
「ちょっといいですか。この本、面白いですか?」
登場人物に対してなんて失礼な質問なのだろう。しかし不思議と罪悪感は沸かなかった。きっとこの本の完成度が申し訳なさを打ち消してくれているのだ。
「さあ」
「読んでないからわかんない」
じゃあこの二人は何を話し合っていたのだろう。
「この本の中に戻る方法。あと、結末を本に入れる方法」
スタニスさんは私が意識を失っていた間にやっていたことを簡潔に、わかりやすく説明してくれた。本の内容について尋ねるのは、止めておくことにしよう。流石に残酷すぎるから。
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