第12話かもしれないし、最終話かもしれない
開館時刻が迫ってきたが、まだ扉は開いていない。スタニスさんというらしい小さい女の人は、鋭い視線を私に向けていた。背は小さいが、この人は絶対に子供などではない。そう思わせる何かが、修羅場でもくぐり抜けてきたかのような迫力があった。
「怖いって、これがですか」
だから私はまたしても敬語になった。私が敬語を使わない相手は厳選に厳選を重ねた友達と家族、それからどう転んでも大きな被害を私にもたらすことのなさそうな相手、つまりナメても良さそうな相手くらいだ。だから犬とかには結構敬語で話しかけたりする。
これがですか、と言いながら、私は一晩立ってすっかりなれた非日常的仕草をしてみせた。右手を頭の中に突っ込んだのである。
「そう、それ。いきなり開けた穴から手が出てくることが不定期に起こる頃がどのくらい怖いか、あなたわかる?」
「わかりません」
そんな超常現象を意図して起こす方法なんか、私は知らない。それにこの人もどこの国だかわからないカタカナっぽい名前をしているし、フリュレさんとも知り合いっぽかったから、きっと魔法みたいなものを使えたりするんだろう。
「どうしてわからないの? 知らない誰かの手が、自分が開けた穴から飛び出してくるって光景、想像できないの?」
「私にはそういうワープホールみたいな穴とか開ける能力はないので」
「どうしてそういう能力があるってこと、勉強してないの? この世界の人間は子供でも勉強できるくらい豊かな経済力を持っているんでしょう?」
それもまた国によりけりなんですが、と言い返しそうになったが、そういう言い方は話題逸らしという嫌われる言動ナノではないか、と思い返して、素直に謝っておくことにした。
「すいません。この世界、魔法を真面目に勉強する人間がほとんど居ないので」
居たとしてもそれはきっとまともな人間とは認識されないだろう。もしもこの世界に魔法が存在することが証明されたとしても、少なくとも私が生きているうちは魔法の勉強が学校のカリキュラムに組み込まれることは無い、と思う。
「あと、これ穴なんですか」
改めて、私は穴に手を突っ込みながら問いかけた。
「スキル:鼠囃子の誘い穴。先生がそう名付けてるだけなんだけど、あなた本当に穴を開ける魔法を知らないの?」
「別世界の人間なんで」
「ものすごく怖かったんだから。せっかく穴を開けてこれを取り戻すことができたと思ったら、何度も何度も穴から手が飛び出してくるから。手だけが出てくるって、あなたが想像してる以上に怖いからね。私は昨日、震えながら夜を明かしたからね」
「穴を塞げば良かったんじゃないですか?」
「この魔法、開けた穴は自然に閉じるのを待つしか無いのよ、手首が通るくらいの穴だから、閉じるのに三日はかかるでしょうね」
穴を開ける魔法は会っても穴を閉じる魔法はないのか。でも自然に閉じるあたり、便利なのかそれほどでもないのか。
更に話を聞いていると、「スキル:鼠囃子の誘い穴」なるものは、目的のものの直ぐ側に穴を開け、狙った物品を吸い上げる魔法らしい。窃盗に活用できそうだと思ったが、スタニスさんたちの世界ではこの魔法に対する防壁が一般的な家庭にはかけられているため、貧民窟で泥棒をしようとでもしない限り、この魔法は有効ではないらしい。そしてスタニスさんはこの魔法に対する防壁がこちらの世界ではどこにも貼られていないことに気づくのに、一日以上かかったらしい。異世界人は魔法は使えても、魔法を感知する能力は備わっていないようだ。
「スタニスさんは、私の少し前に物語に登場したんですよ」
フリュレさんがスタニスさんの境遇を説明した。全部聞いてもそれが私の今後の人生に生かされることはなさそうだったので流し聞きしたのだが、どうやらスタニスさんは没落した貴族の娘で、数少ない財産である自分の家の屋敷を放火魔に燃やされたところをこれまた夕凪隼人という主人公で異世界転生者でおそらく作者の投影相手に助けられたらしい。
「そうして、私は家名を捨てて、魔王討伐の旅についていくことにしたのよ。魔王を倒して英雄になれば、私を見下していたあいつやあいつやあいつらを今度は私が見下せるから」
そして夕凪隼人さんについていった理由は、どうやら私怨であるらしい。
話を聞き終えたところで、ようやく九時になった。こんなに長いこと離していたのに、まだ三十と数分しか経っていなかったのか。今日も長い一日になりそうだった。
私は本棚から、著者名が夕凪隼人となっている本を探した。さすが自費出版した本ばかりを集めている私立図書館、同人誌みたいな厚さと大きさの本も多い。しかも開いてめくってみると、すべて小説だった。同人の漫画は入れない方針であるらしい。
夕凪隼人著の本は「おとぎの国の混沌」「終着駅で祝福のベルを」「我が身の確認のための冒険」が、それぞれ数冊本棚に入っていた。さて、フリュレさんが出てきたのはどのシリーズだったか。とりあえず私は「おとぎの国の混沌」の第一巻を手にとって、読んでみることにした。
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