第11話かもしれないし、最終話かもしれない
寝る前のふとした思いつきを、起きてからも覚えていられるのは一種の才能か、それともその思いつきを原点とした夢を見ていたからか。たまには自分で自分をそういう風に称賛してみたい、と、目覚めた私はまず第一にそう思った。
そして朝食後、家を出てから昨晩思いついた場所に向かうことにした。
「昨日と向かう方向が違いますね?」
フリュレさんも何故か私と同じタイミングで家を出た。彼女は学校へ行く義務なんかないのに、どうして私に合わせたんだろう。
「あなたの頭の中に、私が求めているものがあるのですから」
フリュレさんの目的は、確か私の頭の中に入ったままになっている彼女の出演する物語の結末を手に入れること、だったか。私だって意地悪して彼女に結末を渡さないわけではない。欲しいと言ってくれればいつでも差し上げる心づもりだ。ただ、今はどうすれば結末を取り出せるのかわからないし、昨日だって一時的にフリュレさんに結末を渡していたのに彼女はそれを使用することができなかった。一体どうすれば、そこに入ったことになるのだろうか。
そもそも私が最初に手に取った時点で、結末は不定形で不確定で確認すら不可能なものだった。それを、使う? 入る? 行使する? どうすれば結末を自分の結末にできるのか。私にはわからない。フリュレさんもわかっていないようだった。だから私が持っていようがフリュレさんが持っていようが、どちらにせよどうすればいいのかわからないのは決定してしまっているじゃないか。
それなのに私の頭の中に入り、そのまま消失してしまった結末の行き先を、または使い道を探ってみようとする私の行いは愚かなのかもしれない。でも、それを気にしながら学校へ行ったって頭の中に入った結末のことが頭の片隅で気にかかって授業内容なんか頭に入ってくるはずがない。だから私は学校ではなく途中まで夕凪隼人が書いて物語が蔵書として置いてある春秋私立図書館へ向かうことにした。
右手を、こめかみから頭の中に入れてみる。もしかしたら治っているかも、と期待したが、期待は外れてしまった。今日も右手は頭の中に何の抵抗もなく沈み込み、そして頭の中では何も触れなかった。脳みそもなければ頭蓋もないし、頭の中に入ったはずの結末も取り出せない。結末は形状も感触も未確定なものだったのだが、手に取れないものではなかったはずだ。それがなくなってしまっているということは、もしや私の頭の中で溶けたんだろうか。だとしたらなんだか気持ちが悪い。体内にマヨネーズを注射されてそれが血流内に溶けたと観測されたものの全く健康状態に異常がない、と言われたときのような気持ち悪さがある。そんな経験ないけれど。
「今から行ってもいいものなんですか?」
「学校に行くよりは楽しいし有益だと、私は思ってるよ」
少なくとも、私の人生のこの時にとっては有益だ。私はそう思った。
春秋市立図書館についた。家から歩くと学校よりも少し遠い。ビルの階段を一回分上がったので少し息が上がっている。どうしてだろう。学校内での移動のほうがよほど階段昇降は多いのに。ここが学校じゃないからか。好きでもなんでもないはずではあるが、学校というのは私にとって生活範囲の一部だ。それに対し、昨日存在を知ったばかりの春秋私立図書館は生活範囲の外、つまり私の知っている社会の、世界の範囲外だ。自覚はしていないが、割と緊張しているんだろう。
そしてなぜか、私の行く先にフリュレさんもついてきた。
「どうして着いてきたんですか」
「私もここに来るつもりだったし」
「そういえば、フリュレさんはどうしてここを知ってるんですか」
異世界人なのにどうして私の住んでいる世界の、私が知らない施設を知っているんだ?
「隼人さんは、ここを通じてフィズ・ワンド・ランドへやってくるんですよ。物語の冒頭で書かれています」
「だからといって、学校からここまでの道のりを知ってるのは不自然じゃありませんか?」
「学校帰りに隼人さんはここへ寄っていたんですから、不自然じゃありません」
「じゃあフリュレさんは、ここと学校以外の場所は知らないんですか」
「そうですよ。学校からここへ来る途中に何があるのか、物語から出てきて見るものすべてが新鮮でした」
ところで、こんな雑談をどうしてしているのかというと、春秋私立図書館の開館は九時だったからだ。
私が家を出たのが八時二分。そして形態で確認すると現在時刻は八時二十八分。どうして私は開館時間を調べもしなかったのか。あと三十分、私はこんな無為な話をし続けてしまうのか。こんなことなら一限が終わってから学校を抜け出せばよかった。
階段を上ってくる足音がした。それだけならさほど気にかけることもなかったんだが、上ってきた人物が声をかけてきた。
「フリュレ」
「あ、スタニス」
その人物は背が低く、目付きが悪く、そしてフリュレさんのことを知っているようだった。
「あなた」
そして私を向いた。なにか心当たりでもあるのか、それとも知り合いに似ているとか。
「私が開けた穴に、事あるごとに手を突っ込んでくるのやめてくれない?」
穴?
「穴って、これ?」
私は右手を頭に突っ込んだ。
「そう、それ。突然手が飛び出してくるから怖いんだけど」
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