終局編または日常編
第10話かもしれないし、最終話かもしれない
「どうして頭に穴が空いているんですか? 魔法ですか?」
「私は魔法は使えないから」
魔法以外で痛みもなく頭に手を突っ込む方法があるとしても、私はそんなもの知らないし、どうしてここで突然それができるようになったのかもわからない。
それに、指先に頭の中を触っているような感覚はない。頭の中には頭蓋骨が会ったり脳みそが会ったりするはずなのだが、頭に突っ込んだ私の手からは空洞を掴んでいるような感触しか無い。私の頭が空っぽである、とかそういった比喩ですらなく、頭の中の手は空しか掴んでいない。
私は家に帰ることにした。ペンネーム夕凪隼人に手渡さなければならない結末は私の手を離れて、私の頭の中に入ってしまったからだ。あれからどうにかして結末を掴んで取り出せないものかと、結構深くまで頭の中に手を突っ込んでみたのだが、形あるものは何も取り出せなかった。少しばかりの空気は取り出せたかもしれないが、そんな物を掴んで取り出したって何の意味もない。空気なんか私の頭の外にも充満している。
それから、フリュレさんは今日も私の家に泊まるつもりのようだった。母もそれを快く承認し、父も反対しなかった。どうしてこんなにも不審な人間なのに、後も簡単に家に泊めることを許可してしまえるのか。私には不思議ではならなかった。
「嬉しかったからだよ」
母は言った。
「良が友だちを連れてきてくれるなんて、今までなかったから」
じゃあ今までに数人でも普通の人を家に連れてきていれば、フリュレさんは追い出されていたのだろうか。
「さあね。そうなった場合の未来は、わかんないかな」
それは私の性格がもしも私のようじゃなかったら、という話になる。私の性格を持っていない私は、果たして私と言えるのか、というまだ答えの出ていない問題になってしまう。だから考えたところでどうにもならなかった。
せっかく頭の中に手を突っ込めるのだから、それを活用して脳みそをいじって性格を変えてみたらどうだろう、と考えないでもなかったが、どう脳みそを素手でいじれば想定通りの性格になることができるかなんて分かるはずがないし、そもそも素手で脳みそを触ること自体に問題がありそうだし、実際に頭に手を突っ込んでも脳みそを触っているような感触がないのだからどこまで考えても憶測の域を出ない。
脳みそは豆腐くらいの硬さだという。頭の中に突っ込んだ手が感じる感触は、空気のそれと全く同じだ。どうやったところで、脳みそまで手は届かないだろう。
「結末の内容は、頭に入っていないんですか?」
寝る直前、フリュレさんにそんなことを訊かれた。
「あなたの頭に結末が飛び込んだのですから、あなたの頭の中に結末の内容が入っていても不思議じゃないと私は思うんですが」
「全然入ってない」
頭に何かが飛び込んだのは確かだ。しかし私の頭の中の情報量がそれに酔って劇的に増えた、とかいうことは一切なかった。頭の中で手を弄ってみても、私の頭の中の情報や記憶は何も変わらなかった。母の目の前で頭の中に手を突っ込んでみたりしたが、ちょっと驚かれただけだった。「どうもしない?」「どうもしない」「なら良かった」というやり取りがあったくらいだ。
頭の中に手を突っ込む魔法が存在するか、フリュレさんに尋ねてみた。
「それは、知りませんね。魔法は万能じゃありませんから」
「この世界じゃ不可能なことや理解できないことを魔法みたい、って言ったりするけど、そういうことはない?」
「もし万能の技術や魔法が実在したら、偉い人たちが独占して秘匿したり、人類全体が怠け者になったりすると思いませんか?」
不可能なことがあるから人間らしさという言葉があるんですよ、とまともな教訓っぽいことすら言われてしまった。じゃあ私に身に起きている、この頭に手を突っ込んでも痛みもないし成果もないこの状態は何というのだろう。
「不思議な現象、ですね」
フリュレさんは全く頼りにならなかった。
結末はどこに消えたのか。私の頭の中を探ってもどうして何も起こらないのか。それを解明する手がかりはどこかにないものか。少しでもこういった現象に関わりがありそうな場所や物や現象や人物に心当たりはないものか。ベッドの中で思い巡らせてみたが、しかし私の世界は狭すぎた。友達も少ないし知能も高くない、現実以外のことに詳しいわけでもないし、フリュレさんみたいな存在に寛容になれるほど心も広くない。中二の頃にここに引っ越してきてから、私は歩いていける近所より遠くの情報を私は自主的にシャットダウンしていた。人脈が広ければいいってもんじゃない、事情通だって楽じゃないし敬ってもらえるわけじゃない、そんな言い訳を自分に言い聞かせていた。
自分を罰しているわけでもないのになんだか自虐的な気分になってきた。さっさと眠ってしまいたいが頭の中を考えが巡ってしまう。悪循環とはいとも簡単に発生するものだなあ、と少し前に思ったことと全く同じことを考えていると、ふと、一つの場所を思い出した。
春秋私立図書館。
あそこには、夕凪隼人著作の夕凪隼人が主人公の物語が置かれている。
明日はあそこに行ってみよう、そこで何をすればこの状況が動くのかわからないけれど。そう決めた途端、私は睡魔に奇襲された。
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