第4話かもしれないし、最終話かもしれない
認識阻害魔法の正式名称は「スキル:人魚姫の末路」というらしい。そんなことを説明されても覚えていられる自信がなかった。あと二、三回ほど耳元で言われれば美術教師の名前よりあとに覚えられるかもしれなかったが、しかし覚えてもどうすればいいんだろう。
どこでそんな説明を受けたのかと言うと、これが自分の家の自分の部屋だ。人に話したら信じてもらえないか苦笑いされて終わりだろう。フリュレさんは私の家まで着いてきて、私の部屋に入ってくるまで認識阻害魔法を解いてくれなかった。
「あなたが私と一緒に歩いているところを見られたくなさそうでしたから」
とフリュレさんは主張した。人の顔色を読めるのであればそこから本当に求めていることを判断して実行してほしい。
得体の知れないものと得体の知れない者。後者のほうが厄介だ。前者のようなもの、今朝私が拾った結末はまったくもって説明できないし、コミュニケーションが取れない故になんだかわからないままでも困らずにいられた。しかし後者、つまりフリュレさんの存在には困り果てるばかりだった。なにせ言語が理解できる。しかしその内容は理解できない、いや、理解したくない。
しかしまだ私の頭がおかしくなったのか、と判断するには早かった。私はフリュレさんに、ぜひ会ってほしい人がいる、とお願いした。
「隼人さんとお知り合いなんですか? あ、もしかしてこの世界で幼馴染だったとか?」
「私は中二のときに引っ越してここに来たから、幼馴染はいない。それにそんな新幹線みたいな名前の知り合いはいない」
「あら、居てもいいのに」
確かに居てもいい。居なくてもいい。
「あと、会って欲しい人はあなたの物語に関係のない人だから」
「そうですか……」
フリュレさんは大げさに落胆した。こういう表情の変化が大きい女性はモテるのだろうな、と関係ないことも思った。
夜、母が仕事部屋から帰ってきた。母は家から少し離れたマンションを仕事場として「デザイナーだかイラストレーターだかよくわかんない仕事」をしているらしい。具体的に母が手がけたものを、母は一度も見せてくれたことがない。
「魔法は解いてるよね」
「なぜ、私があなたのお母様に会わなければならないのですか?」
「私以外の人があなたの設定を信じるかどうか、確かめたいから」
「なるほど!」
何に納得したんだろう。
「というわけで、異世界人のフリュレさん」
「よろしく~」
「あれ、お母さん呑んでたっけ?」
母は素面でも酔っているときもそんな事を言うので、どこまで本気かわからない。
「それにしても異世界ねー。いいんじゃない? 楽しそうで」
「冒険の旅は辛いことが多いですよ。私は隼人さんがいれば満足なのですが」
「異世界に名前とかあるの?」
「フィズ・ワンド・ランドっていいます。こっちの世界も大変なんじゃないですか? 名前がないとどう呼んでいいものか。フィズ・ワンド・ランドとここ以外にも異世界ってありますからねえ」
「だよねー。異世界人に戸籍でも発行されない限り、この世界の人って世界に名前をつけようなんて考えないんじゃない?」
「変わった考えですねえ」
「異世界だからねー。……あ、ビール切れてる。ちょっとコンビニ行ってきていい?」
異世界人とフランクに話す母は、うちのクラスの猿ともすぐに仲良くなれるに違いないと思った。
父が帰ってきた。父は公務員として市役所で働いているが、最近、知事がセクハラで辞任してから給料が下がったらしい。そんなことを母と一緒にお酒を飲みながら嘆いていた。それを聞いた母はお酒を飲みながら「今夜は甘えてええんやでー」と笑っていた。
「異世界人?」
「フィズ・ワンド・ランドのフリュレです。親が奴隷商人だったんですが隼人さんがやっつけてくれました」
設定が増えてしまった。
「そうか。大変だな」
「隼人さんが私の心の支えです」
「そういうの、人生には絶対必要だよな」
「ええ!」
父母はと仲がよい。とても仲が良く、とても変だと私は小さい頃から思っていた。
フリュレさんは私の部屋で寝ている。私は私の部屋でベッドに入ったまま寝られずにいる。家に泊まることを、両親はあっさりと許可した。私は普通の人を渇望していた。フリュレさんの外見や言っていることややっていることがおかしいと言ってくれる、普通の人が。
でも、そんな人はまだ私の周囲では見つかっていない。
……私か? 私が普通じゃないのか?
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