第2話かもしれないし、最終話かもしれない
ずっとふわふわした形容で通すのも眠くなるので、これは「結末」と呼ぶことにする。
「誰かが持ってたものなんですか?」
「さあ。まあ、授業始めるぞ」
美術教師は結末についてほとんど説明しないまま、授業を始めてしまった。
「あの教師、頭おかしいよね」
可夏子さんが囁いてくる。可夏子さんも美術教師の名前を覚えていないらしい。まだ五月だから珍しいことではないけれど。
「私は、教師になろうって人は全員頭がおかしいと思う」
相当ブラックな職場環境らしいし、大半の教師は大半の生徒から嫌われてるし。
「そういうとこ、あんたとは気が合うと思う。他のところは気が合わないと思うけど」
「どういうところが?」
「そんなもの拾って学校まで持ってくるところ」
やっぱりこんなふわふわへにゃへにゃスカスカしたものを学校に持ってくるのは、可夏子さんには理解してもらえないらしい。
「そんな私に入学初日から話しかけてくれる可夏子さん、いやナツコさんはどういう趣味なの?」
「変わった人間に憧れる」
私、可夏子さんに憧れられていたのか。
美術の授業が終わるとまた遥かなる道程を経て教室まで戻らなくてはならない。この移動時間は世界一無駄だと思う。と、可夏子さんは毎週のように言う。カリキュラムに従っておとなしく移動しながら、だ。可夏子さんも変わった人だと私は思っている。
「私さ、名前が珍しいんだよ。春秋可夏子。その割に普通の人間だからさ、あんたみたいな珍しい人とばっかりつるんじゃって、それ以外の人とは疎遠になる、みたいなパターンが結構あったんだよね」
そういう人は普通の人間じゃないと私は思う。
「私だって名字が珍しいだけの普通の人だと、自分では思っているんだけど」
銀閣という名字に良と書いてリョウ。自分でも珍しいのは名字だけだと思っている。
「普通の人はそんなもの拾ったまま学校でうろついたりする?」
「まだ今日はうろつけるほど空いた時間は無いよ」
「空いた時間じゃん、今」
先々週(先週はゴールデンウィークだった)予告されていたとおり、二時限目は先生が休みで自習となっていた。もちろん誰も自学自習なんかしておらず、むしろ自習なんかしていたら猿みたいな鳴き声を上げている一部の男子に噛みつけれてしまう。
「でも、わざわざこれを持ってうろつく理由がないよ」
私は結末をまだ片手に掴んでいる。朝に拾ってから、一度も自分の肌から離していない。感触は気持ち良くも悪くもない。なんとも言い難い、としか言いようがない。
「落とし物なんだから、落とし物入れにでも入れたら?」
「これ、誰かにとって必要なものなのかな」
「必要なんじゃない? 結末だったら」
誰の結末で、何の結末かもわからないこれを落とし物入れに入れるべく、私は教室を出ることにした。もちろん猿とは目を合わせないように気をつけながら。
可夏子さんも着いてくるとは以外だった。
「だって教室にいてもうるさいし、男子とか」
猿の声なら南国に住んでいる人はうるさいなんて感じないだろう。だから私には南国住まいの人の気持ちなんてわからない。
「猿かあ。猿かもね」
本人のいないところで人を悪く言うことは罪に当たるかもしれない。でもどの教室にも数人は生息している、どうやって受験をくぐり抜けたのかわからない人間の男の形をした猿のことは猿と呼んでもいいと思う。だって真実そのままだから。
「あいつらのことを銀閣がすっげえ嫌ってるのはわかる」
「好きな人なんている?」
「彼女がいる奴もいるらしいよ」
「……あー」
「何? なんか納得できたの?」
「アニマルセラピー」
「死ぬほどきっついね、表現が」
猿であれ何であれ、動物好きの人間はたくさんいる。私はそうでもないけど。自分より先に死ぬ生き物の面倒なんか見たくない。猫を見るのは好きだけど、愛情注いで世話をして、それでも自分より先に死なれるのは嫌だ。
「結末ってそれかもね」
職員室前の廊下に置かれている落とし物入れに結末を入れた私に、可夏子さんが言う。
「死ぬって結末じゃん?」
「……あー……あ?」
「何? 納得できない?」
「私が死を触ってたとしたら、どうして私は死んでないんだろうって」
「他人の死だからなんじゃない?」
「……うー……うー……」
「全然納得できてないな、こりゃ」
ともかく、結末は私の手から離れた。
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