完結されずに途中で投げ出された異世界ものの結末を拾った人の話
天城春香
日常編または非日常編
第1話かもしれないし、最終話かもしれない
学校に行く途中、私はそれを拾った。
どこからか何かが飛んできたような気配がしたので、通学路から一本だけ離れた、椿の垣根の路地に入ってみると、それは落ちていた。
それは不定形で、未完成で、どんな色でもなくて、どんな形でもなくて、どんな形容詞も当てはまらない見た目をしており、しかしどこか終わりたがっていた。無理やり一言でまとめるとするなら、それは今までに見たことがないものだった。
今まで見たことも聞いたことも触ったことも味わったことも感じたこともないようなそれを、私は躊躇することなく拾った。どうして少しも気持ち悪いと思わなかったのか、拾ってから学校に行くまでの道中で考えてみたが、どうしてもわからなかった。そしてわからないまま学校に着いてしまったので、私はそれを持ったまま教室まで向かった。玄関口でも教室までの廊下でも、結構な他の生徒や先生たちとすれ違ったり追い越したり追い越されたりしたが、誰も私が持っているものについて触れてくることはなかった。
そして私の席に至る。私はそれを机の上においていた。それは窓からの朝日を浴びて、動いているようにも見えるし動いていないようにも見えた。
「何それ」
流石に前の席の可夏子さんは私が持ってきたものについて触れてきた。席も近いし仲も悪くないし、最初にこのよくわからないものについて尋ねてくる相手としては自然だった。
「わかんない」
私も自然体で答えた。これについて不自然に答えることは不可能だと思う。どう説明しようとしても自然とそうなってしまい、不自然にもなってしまうようなものだったから。
「なんだかわかんないもの拾ってきたの? あんたそんな子だったっけ?」
「でもお母さん」
「誰がお母さんか」
「でもお夏子さん」
「ナツコさんと呼べ」
可夏子さんは自分の「かかこ」という言いづらい名前が好きではない。
「これ、放っておいていいと思う?」
私はそれを持ち上げる。捨て猫のようでもあり、絶対に捨て猫でも生物でもなさそうなそれを。
「うーん……」
可夏子さんも私が拾ってきたものに対して、私と同じような印象を抱いているようだった。
一限目から移動教室とか、この学校のカリキュラムを組んだ人間はきっと頭がおかしいに違いない、と可夏子さんは何度も主張している。私にばかり。先生には一度も主張していない。
そんな移動教室は二度の渡り廊下と四度の階段昇降を経た、遥か遠くにある美術室だった。そんなところまで行かされて何か絵を描くでもなく美術史を聞かされるのは私もおかしいと思う。
美術室にはカンバスとパレットと絵の具と食パンが並べられ、てはいなかった。教室のものより凹凸が激しい机と教室のものより固く、背もたれが外された四角形の椅子が並べられていた。カンバスとかは教室の後ろの方に固めて置かれている。
「美術室にもそれ連れてくるの?」
可夏子さんは私の隣を取って尋ねてきた。私が最初に手にとってからずっと手放さないこれがどうしても気にかかるらしい。
「連れてくる、って。私としては持ってきたつもりなんだけど」
「どっちでも良くない?」
「どっちとも取れるけど」
このなんとも言えない何かは、ずっとなんだかよくわからないままだ。そんなものを移動教室先まで持ってくる私もどうかしている。
美術教師はまるで教師っぽくない。古い映画で見たヒッピーのような伸ばし放題の髪とひげを持ち、その両方が白髪になってしまっている。
「銀閣、それは何だ」
私が持ってきたなんだかよくわからない何かを、授業が始まるなり教師は指さした。ちなみに私はまだこの教師の名前を覚えていない。もう二、三回ちゃんと聞けば覚えられるだろうけど、まあその時を待てばいいだろう。
「わかりません」
私は素直に答えた。
「元の持ち主に返してやったほうがいいんじゃないか」
持ち主。この情報量がまるで存在しない何かは、誰かが持っていたものなのか。そして美術教師はそれを知っているのか。
「何なんですか、これ」
そして、誰が持っていたのか。私はまあまあ気になった。今日の晩ごはんほどの興味は持っていない。
「それは、結末だ。誰かが落としたものなんじゃないのか」
美術教師は、私が手に持っているものを概念の名前で呼んだ。
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