シアワセ林檎@山野井莉子 ④

少し道に迷いながらも、パーティ会場に到着しました。彼はよろめきながらも階段を登り切り、パーティ会場の扉を開きます。

「ようこそ~」

威勢の良い声が聞こえてきました。中に居たのは、しゃべる木の枝三本でした。

「あ~山野井さんだ~」

女の声を発する木の枝が私に近づいてきます。聞き覚えのある声ですが、誰の声であったかは朧気で思い出すことができません。

「どうも」

男の声を発する木の枝はコップを台所から取り出してきます。

「あら~久しぶり~!元気にしてた?」

オカマ口調の木の枝が、私に絡みついてきます。

「ああ、ダメですよ釜戸さん。そんなに抱きついちゃ……」

例の彼は、オカマ枝を私から引き剥がそうとしてくれますが、彼はとても非力のため、全くビクともしません。

「あら、ごめんなさい」

彼の忠告を聞いて、素直に絡みつくのを止めました。

「そ、そういえば、名前、言ってなかったですよね。僕は小野田光っていいます」

「ハハ、そうでしたね。私は山野井莉子っていいます。よろしくおねがいします」

不思議と笑顔を作ることができました。彼の前では不思議と顔が綻んでしまうのです。

「よろしくです」

俯き加減につぶやき、そのままテーブルの側に座ってしまいました。きっと恥ずかしかったのでしょう。

「ところで、これはなんの集まりなんですか?」

「いや、特に、勝手に集まって温太の女装を笑い合うってだけで、意味はないですよ」

女の枝が、男の枝を指さし失笑を浮かべています。確かに、男の枝は女の子の服をまとっているように見えます。ただ所詮、枝は枝なので、似合っているかどうかは分かりません。

「ハハハ、まあ、そんな感じです」

彼は少し落ち着いてきたのか、再び私の元に近づき、こちらですと私の右手を取って誘導します。まるで以前の彼のように。

「いや、まさか山野井さんが来るとは思いませんでしたよ。光の誘いを受ける心の広い人が世の中にいるもんなんですね。ねー」

彼の方をみてまた不適な笑みを浮かべる女の枝。

「ま、まあ、そう、そうですよね。ホント。電話が掛かってきた時は、まさかとおもいましたよ」

彼は無邪気に笑いかけます。まるで以前の彼のように。

「うん、そうですよね。私……さみしかったんです」

そろそろ心の声に正直にならなければ、私自身が持たないような気がしたのです。普通に考えれば、しゃべる木の枝なんて世の中に存在するハズがないのです。私の心の歪みが生み出した『幻覚』だってことは、もう分かっています。

「それが……彼氏と離れてから見えないモノが見えたり、見えているモノが別のモノに見えているんです」

「え?」

「うそ?」

「ホントに居たんだそんな人……」

「もしかして、クスリやってるの?」

一同が私に詰め寄ってきます。3つの枝と、彼。

「今も、皆さんが『木の枝』に見えてるんです。小野田さん以外」

その言葉に枝達が風にたなびくように揺れ始めました。

「いやいやいや、そんなわけないでしょ」

女の枝の先が伸び、私の体に触れてきます。

「それが、そうなんです」

「精神科で診てもらった方が良いんじゃないですか?」

男の枝が進言します。

「でも、僕は普通の人間に見えるんですよね?」

小野田君が私の方に近づいてくる。正真正銘人間に見える。時折昔の彼に姿がダブることはありますが。

「そうなんですよ」

「それって、悔しいけど小野田以外は人間として認めていないってことじゃ……」

女の枝が柳のようにしなり出します。

「……良く分かりません」

彼と会わなくなってからしばらくは、特に幻覚なんてモノはありませんでした。いや、自覚が無かっただけかも知れません。

「もしかしたら、僕が何処かしら『彼』に似ているから、そのままの人間として見れるじゃないですか?」

やはりそうなのでしょうか。つまり、私は彼以外人間として認めていないことになります。そんなことは考えたことは無いと言えば嘘になりますが、そこまで真剣に考えたことは今までありません。

「そうかもしれませんね」

私は思わず彼の手を取ってしまいました。彼の体はとても熱く、興奮しているようでした。

「あ、あ、あの、もしよかったら、こんな風に、ときどき会ってみませんか?何か変わるかもしれないですし」

願っても無い申し出に、私は久しぶりに自然と、心の底から笑えることができました。

「わかりました!」

その日は適当に男の枝の女装が全く似合っていないことについて徹底議論した後、解散となりました。


後日、小野田君と度々大学で会うようになりました。そしてとある日、改めて連絡がありました。彼曰く、とりあえずDBS劇場に来て欲しい、とのことでした。彼の趣味なのでしょうか。自分自身の趣味の有様をまざまざと見せつけて、私を幻想の世界から覚まさせようとしているのでしょうか。どちらにせよ、彼からのお誘いですから、断る理由がありません。彼の働きかけで、もしかしたら元の生活に戻れるかも知れません。

もう迷ってはいられません。私は早々に身支度を調え、DBS劇場へと向かいました。


DBS劇場は駅前通り沿いのビルの地下に存在します。建っているビル自体が老朽化しており、独特の加齢臭を放っています。この匂いは、大学でも嗅いだことのある匂い……彼と過ごしたキャンパスでの想い出が脳内を横切ります。ダメ、ダメです。また幻覚が私を襲ってくるかもしれません。冷静になりましょう、もう彼は私の元を離れたのですから。

劇場のチケットを買い、言いつけ通り、劇場のホールに入りました。しかし、観客は誰一人居ませんでした。

「あれ?もしかして、日にち間違えたかな?」

普通に考えれば、観客が一人も居ないのはおかしなことです。入る時間が早すぎたのかなと一瞬疑いましたが、チケットの通り、開場の時間はとっくに迎えています。なのにこの人の入りはまずいのでは……すこしこの劇場が心配になります。

結局、公演開始まで私以外の観客は現れず、カーテンの幕が開いてしまいました。そういえば、小野田君が来ていません。私を誘っておいて、一体どこで何をしているのでしょうか。

「ようこそ!」

彼はなんと、舞台の上に居ました。舞台を埋め尽くすのは、無数の緑のサイリウム。異様に、揺らめくように怪しく光るそれは、小野田君の存在をより際立たせます。良く見れば、小野田君の後ろには、ガスコンロと寸胴が用意されています。

「今日は、クッキング講座をしたいと思います!」

クッキング講座?ここはアイドルが歌って踊って握手をする場所じゃないのでしょうか。いつからA○Cッキングスタジオになったのでしょうか。

「さあ、食材の皆さんをご紹介しましょう!まずはジャガイモ!」

彼の呼び声に舞台袖から現れたのは、頭がジャガイモになっている人間でした。またこの期に及んで幻覚を見ているのでしょうか。そうです、現実にはジャガイモ頭の人間なんているはずが無いのです。

「続いて、ニンジン!」

彼の呼び声で次々とカレーの材料が舞台入りしてくる。まさか、このまま具材を煮込むために頭を切り落とすなんてグロテスクなショーを見せつけるのではないでしょうか。

「待って!頭は切り落とさないで!」

「さあ、いよいよショーが始まります」

私の必死の訴えに、彼は聞く耳を持ちませんでした。引き続き、料理という名の残虐ショーは続行されます。

「最初はお湯を沸騰させて……ジャガイモカモン!」

そう言うと、彼はジャガイモ人間の頭に軽くタッチしました。すると、まばゆい光がジャガイモを包み、寸胴へと吸い込まれていきます。そのような感じで、具材達は頭を切られず魔法のような手法で寸胴へ投入されました。

一通り具材を投入した後、しばらく沈黙が続いたあと、事は起こりました。

「隠し味は……貴女!」

彼は私を指差し、舞台へと引っ張り上げます。途中見えない壁に阻まれましたが、彼の引く手が私を導いてくれました。

「さあ、カレーだよ!とってもおいしいカレーの隠し味になれるよ!」

「ちょっと待って!私カレーの材料になんてなりたくない!」

「最初はみんなそう言うんだよ。でもこうやってカレーを目の前にすると、そんな気持ち、あっという間に消えていくよ」

確かに、カレーはおいしそうに見えます。既にルーも投入されているので、スパイシーな香りが立ちこめています。ですが、カレーを食べるのと、カレーの具材になるのでは話しが違います。

「……イヤ」

「今なんて?」

「カレーになるのはイヤ!!」

その瞬間、劇場に猛烈な風が吹きました。体が飛ばされそうになりましたが、足で踏ん張ってなんとか凌ぐと、とてつもない歓声が私を包みました。今まで一人で居たと思っていた劇場には、超満員のお客さんが入っていたのです。

「すごーい!」

「さすがだね」

「すばらしい」

お客さんが口々に私のことを絶賛してきます。何がそんなに凄いのでしょうか。

「ウソだ。こんなに頑張って告白したのに」

なんと、私は幻覚を見ていたあまり見失ったのですが、小野田君は今までカレー作りに精を出していた訳では無く、私に対して全力で思いを伝えて居たのです。今まで具材に見えていたのは、いつかパーティで一緒になった3人とその仲間でした。

「ホントに、イヤ、なんですか?」

今にも泣きそうな目で小野田君は私を見つめてきます。そんな目で、真摯な思いをずっと伝えてこられたら、私は今まで想い続けてきた人を忘れられるのでしょうか?きっと、忘れる事は出来ないでしょう。でも、胸の奥にしまって、思い出の一つとして持っておくことは出来るハズです。

もう、いいんだよね。

「いいえ。少し、幻を見てただけだから」

私は彼の手を取り、驚いた表情を浮かべる彼の頬に、軽くキスをしました。

「これからよろしくお願いしますね、小野田さん!」

「はい!」

こんなに幸せになれるなんて、これももしかしたら、幻かも知れませんね。


<おしまい>

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