第十七話 モルス高山攻略①
ということで、やってきたモルス高山。
頂上は雲よりも高く、その様子は計り知れない。
全体的に岩ばかりで枯れ木が数本残っているだけ、死の匂いがそこら中から漂っていた。
歩けば、石ころのように何かしらの死体が転がっている。
それも小動物系ではなく、俺の三倍の大きさはありそうな大型猛獣ばかり。
そのどれもが食い散らかされて内蔵ははみ出てており、骨だけだったり、残った肉片が腐って蛆を湧かせていた。
そんな折だ。
点々と道しるべのように続く死骸を頼りに進んでいくと、何かを貪り食うような生々しい音が響き始める。
――そうして、そこには一匹の黒い塊がいた。
無用な戦いは体力を削るだけなので、なるべくは行いたくない。
そんな願いも虚しく、こちらの気配に勘づいたように俺は視認される。
立ち上がったソイツはかなり大きかった。
縦横ともに俺の二倍ほどの体格を有し、伸びている爪は一裂きで命を刈り取ってしまうだろう。
分類的には熊という獣に似ているが、ここまで凶悪そうではない。
おそらく、この過酷な環境を生き抜いていく中で進化したのだと考えられる。
逃げるにしても、土地勘もその当てもない。
倒して、今日の食料にでもするか。そう思い、俺は構えた。
空気が震えた――そう錯覚しそうな程に大きな声で叫ぶ獣は、前足を下ろして四本足で駆けてくる。
まずは一発、とその勢いに合わせて顔面を蹴りつけるが、突如としてその蹴りを躱すように二本足で再び立ち上がった。
「……嘘だろ。――――!」
完全にタイミングを外され隙だらけの俺に、獣は右手を振るう。
慌てて横へと前転回避。直ぐに立ち上がって様子を見れば、そこには爪の軌跡のみが抉られた地面の姿があった。
すなわち、余分な力を振るわずに爪のみに破壊力を集めているということだ。
「てか、フェイント入れてくるなよ……獣の分際で!」
どうやら、甘く見ていたらしい。
初見の地、初遭遇の敵を前に多少は仕方ないのかもしれないが、今後も生き延びていくのならもっと用心して、可能な限りの想定はしておいた方がいいだろう。
再び身構える俺と、叫ぶ獣。
両者が二度目の接敵をしようとする最中、乱入者は現れる。
これぞ自然の生き残り、とばかりに熊に似た獣を襲ったのは一匹の影。
凄まじい速さでその顔に飛び乗ると、鋭く尖った牙で目などといった比較的柔らかな弱点部位を突き立て、息付く暇もなく絶命させた。
崩れ落ちる巨躯。静かに降り立つのは猫にも似た四つ足の獣。
首の周りから顔にかけて鬣が存在し、伸びる爪や牙からは血が滴っている。
死体を盗み見れば、顔の一部が陥没していた。
今度の敵は、その強靭な顎が武器のようだ。噛まれたら終わり、だと思ってもいいだろう。
気を取り直して分析をする俺をよそに、新たな獣はノソノソと円を描くように歩き始める。
まるで隙を伺う狩人のようで、緊張感が高まった。
その姿が俺のちょうど背中側――死角に入ったところで、飛びかかってくる気配を感じる。
一歩横にズレると、それに合わせて蹴りを振るう完璧なカウンター。
――そのはずだった。
しかし、虚しくも空を切る俺の攻撃。
気が付けば、四つ足の獣は宙に浮いており、ジタバタともがいている。
またしても現れた新たな獣――翼を広げた姿が優に三メートルを超えている鳥型の獣にその身体を捕縛されながら。
肉に食い込むほどの強い力で掴む鳥の獣を前に、なおも四足の獣は暴れる。
それを逃さないようにと更に爪を立て、そして遂には肉に突き刺さった。
僅かに吹き出る血。
同時に、痙攣でもしたように四足の獣の身体が震えると、次の瞬間からは動きが止まる。
死んだわけではない。
眼球は動いているし、未だにピクピクと足先が揺れていた。
「…………麻痺、か?」
だとしたら面倒だ。
一発でもあの爪に傷つけられたら、それで俺は終わりになる。
だが、向こうもせっかく得た獲物は手放したくないようで、ひと鳴きすると少し上の岩場――多分、巣なのだろう――へと帰っていく。
それと同時に群れる、小鳥の大群。
とは言っても、大きさは俺の三分の一程あるんだけどな。
「……子供の狩りの練習台ってところかよ、俺は」
獣からも舐められて、空笑いが出る。
でも、それは俺にも言えることで、コイツらはあの親鳥を倒すための良い練習台になることだろう。
先手必勝。
『飛脚』で一匹の鳥に肉薄すると、羽ごとその体を掴み、爪に触れないように足首を持つと――俺はその脚を捥いだ。
痛みに甲高い声で鳴くその姿を無視し、用済みの体は地面に捨てる。
もう飛ぶ気力もないのか、地に落ちたソレは身を捩るだけだ。
当然、その他の鳥たちは敵対心を持ち一斉に飛びかかって来るが、すでに遅い。
爪に引っ掻かれないよう、『飛脚』を交えた立体的な動きで躱し、逆にその捥いだ脚を使って傷つけていく。
耐性がないのか、まだ成長の途中で獲得していないのかは分からない。
どうであろうと、思った通りに鳥たちは体を痺れさせて次々と落ちていった。
「よっしゃ、食料ゲットー! …………って、これ食っても大丈夫なのか?」
自身の麻痺毒に犯された肉を食べても無害なのか、初見の俺としては判断に困る。
一応、お師匠さまからは「"肉なら"どの生き物を食べても問題ないわよ」と言伝を受けているが……。
「まぁ、あの熊もどきもあるし別にいいか」
少し遠くへ目を向ければ、顔を潰された黒い毛皮の獣が死んでいる。
「――それに、もう一匹当てはあるしな」
子供を倒せば、当然親が出てくる。
人だろうが獣だろうがそれは同じことであり、先程の巨大な鳥は再び姿を見せた。
威嚇なのか、なんとなく怒りを含んでいそうな声でひと鳴きすると、直ぐに肉薄してくる。
羽ばたきの風が強い。砂埃が巻き上がり、視界を覆う。
それを裂いて、早々に鳥獣は爪で攻撃してきた。
前転して避けるも、もちろん一回で終わるはずはない。
視界の悪い中、一撃でももらえば危ない攻撃を躱し続けるのは精神に悪かった。
「……くそ、銃があれば!」
敵の位置は分かるんだ。
なら、遠距離武器さえあればあとはどうにでもなる。
「…………いや、そうやってすぐに頼らないための修行だっけか」
そう思っての発言だったが、すぐに俺は撤回した。
お師匠さまは言ってた。
攻撃にはそれぞれの適正距離がある、と。
なら、苦戦している俺は不適正な距離であり、やりたい放題の相手は適正ということだ。
「それはつまり、近づけば俺が有利……!」
迫りくる爪撃を身体をズラすことで躱すと、その場で跳び上がり、『飛脚』を併用して砂埃から抜け出した。
開けた視界を見渡せば、俺は鳥獣の頭を超える位置にいる。
相手もそれは気づいているようで、鋭い目がこちらを睨んでいた。
数度羽ばたき、勢いをつける鳥。荒れる風。今度はその嘴を武器にこちらに突っ込んでくる。
かくいう俺も、空を蹴って前進。
すれ違うようにして避けると、その羽を掴み、力の流れと遠心力を利用して地面へと投げつけた。
そうして広がるギャグのような光景に驚く。
どうやら嘴が地面に刺さって抜けなくなったようだ。
羽を折りたたみ、地に足をつけて踏ん張っている様はなかなか珍しいように思える。
……まぁ、容赦はしないけど。
反転。もう一度空を蹴ると、急降下。
加速と重力を味方にトップスピードで落下すると、その頭を目掛けて踏み潰すように着地した。
メキっと何かがひしゃげる音が響く。
足元は血溜まりで溢れ、色々なモノがはみ出してしまった。
「よし、討伐完了……っと。案外、銃がなくとも戦えるもんだな」
そう言って辺りを見渡せば、俺がここに足を踏み入れた時以上に死体がそこら中に転がっている。
「これなら、意外とあっさり頂上まで行けるかもな」
石をナイフ代わりに、今晩の食材を集めつつ――俺はそう楽観してしまった。
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