第十六話 突き付けられる弱み

「…………は? 何言って……」


 そう答える俺の声が震える。

 だってそうだろ? じゃないと、これまでの旅の意味は何だったんだってことになる。


 しかし、お師匠さまの言葉が変わることはない。


「何度でも言ってあげるわ。貴方は弱くなっている。合理性も何もない、無駄な戦い方に変化しているの」


「……どこがだよ。ちゃんと距離の有利を活かして銃で攻めた。初見なら不可避の攻撃で的確に仕掛けた。お師匠さまだったから、通用しなかっただけだろ? 普通ならとっくに勝ってる!」


 まるで言われていることが理解できない。

 自身の行動の正当性を必死に弁解する。


 それも、鼻で笑われてしまうけど……。


「不可避、ねぇ……。言っているのはあの弾を弾いた技のこと? なに貴方、曲芸士にでもなりたいの? ならば結構……けど、私はアレを攻撃とは呼ばない。

 確かに技量は凄いわ。緻密な計算と魔法の発動、それらが噛み合って初めて生まれる超絶技巧。でも、それだけ。魅せ技。もし仮に使うとしても、あんなに積極的に使用すべきではない」


 容赦のない言葉が、俺のこれまでの自信を削いでいく。


「第一、私に防がれている時点で不可避じゃない。初見殺しというならその銃だけでも充分。そして、私にはそれが通用しないんだから素直に諦めなさいな。何が『私が相手だから効かなかっただけ』よ。貴方が勝ちたい相手っていうのは、そんなことで死ぬような人を指すの?」


「…………………………………………」


 最早ぐうの音も出ない、とはこのことだ。

 全くその通りで、俺が強くなりたいと思ったのはまさにそういった連中と出会ったから。


 むしろ、お師匠さまにも勝つ――くらいの気概がなくてはいけなかった。

 …………俺が甘かった。


「一つ問いてあげましょう。私は……まぁ、大抵の現象なら魔法で生み出せるわ。それなのに、戦い方は瞬間移動で近づいて殴るだけ。この矛盾に疑問を抱かなかったの?」


「…………それは……単にそういう戦い方が好きだからだと思ってた」


「間違ってはないわね。でも、正解でもない」


 僅かに肩を竦めたお師匠さまは、指を一つ立てて改めて問う。


「じゃあ、敢えてこう聞くわ。遠距離からの攻撃の利点は何?」


「相手の反撃を受ける可能性が少なく、比較的安全に攻めることができる――だろ?」


「正解。でも逆にいえば、それしか利点はないの。距離が詰まれば詰まるだけ銃よりも刀が、刀よりも拳が強い。だから、無制限に接近できる私は基本的に素手で戦うのよ」


 ……なるほど。

 納得できない理屈でもないけど、力押し感は否めない考え方だな。


 まぁ、それがお師匠さまっぽくはあるか。


「それなのに貴方は何? 拳が当たる距離でも銃を振り回して……最適な攻撃の選択が出来てないのよ」


「いや……それは、攻撃の出が速いから……」


「狙って掲げる時点で殴るのとそんなに大差ないわよ。むしろ、軌道が直線上になるだけマイナス」


 ……………………うぐっ。


「でも……威力はこっちの方があるし……」


「だから? ヒトの体っていうのは、もっと繊細で脆いものなの。それこそ拳では言うまでもなく、針一本あれば意識も命も刈り取れる。そんな大層なモノを用意しなくても充分よ。ハッキリ言って無駄なだけ」


 ……………………ぐぬぬ。


 何か言いたいが、反論する言葉が見つからない。

 それもこれも、全ては負けてしまったから。


「……なら、どうすれば強くなれるんだ?」


 俺は尋ねた。

 未だに遺恨と諍いの残るこの世界では、勝つことが不可欠。


 何かを救うにしろ、護るにしろ、そうやって我を通していくしかない。


「簡単な話よ。孤児院の裏にある山――モルス高山を素手で攻略してきなさい」


「…………は?」


 だが、それは逆もまた然り。

 故に、どんなに非情な内容であろうとも敗者の俺は頷くしかできないのだ。


「もちろん武器無し、食料も現地調達でね」


 ……今度こそ死ぬかもしれないなぁ、この鍛錬で。



 ♦ ♦ ♦



 ――その夜。

 明日の朝から、というお師匠さまのありがたい言葉を頂戴した俺は、早めに寝床へと入り身体を休めていた。


「……ねぇ、レス。モルス高山ってどんなところなの?」


 そんな折、少し高い位置から声が掛かる。

 床敷きの布団で横たわっていた俺は目を向けると、そこにはベッドから少しだけ体を起こしたルゥがこちらを覗いていた。


 昼間の話が気になっての質問なのだろう。

 窓からこぼれる月明かりが、問いかける彼女を仄かに青白く染め上げる。


「さぁな、俺も行ったことがないから知らない」


 その姿に何となく目を逸らしつつ、俺は答えた。

 見上げる天井は暗く、どこまでも闇が続いているようだ。


「レスも知らないの?」


「あぁ……というよりも、お師匠さま以外は誰も知らないと思うぞ。昔から『貴方たちじゃ太刀打ちできないから近づくな』って言われてる場所だったしな」


「へぇー……」


 夜の安らかな雰囲気もあってか、互いの声に覇気はない。

 小さく、まるで物語でも語り聞かせるようにか細いものだ。


「……ただ、あの山にはドラゴンがいるらしくてな。どうにも、お師匠さまとある協定を結んでいるんだと」


「協定……?」


「そう、協定。『私たちは山に入らず敵対もしないから、そっちも手を出してこないでね』――っていう不可侵の約束事」


 その話をした瞬間、バサリと毛布を撥ね退けたような音が聞こえた。


「えっ……! じゃあ、レスはドラゴンに襲われちゃうよ!」


 心配してくれているのだろう。

 向けられる気遣いが素直に嬉しい。


「だな。……まぁ、攻略ってお師匠さまは言ってたし、倒してこいってことなんだろうけど」


 その一方で、変に冷静な自分がいることに気付く。

 敵はあのドラゴン族。それも、危険だからと立ち入りを制限されていた場所に装備なしで赴くことになるというのに、不思議と心は穏やかだ。


「……大丈夫なの?」


 振るえる声音が俺の耳朶を打つ中、寝転んだ状態で肩を竦めた。


「分からん……としか言いようがない」


 でも、やらなくちゃいけない。

 俺はモゾモゾと体を動かし、左手をベッドの方へと差し出した。


「だけど、約束だからな。ルゥを護るって――そのためにはもっと強くならないと」


 そう言えば、他方も同じように動き、小指を絡ませてくる。

 はにかむ笑顔が仄暗い部屋の中で輝いていた。


「……うん、私も一緒に強くなる。まだレスには魔法も見せてないんだし、ちゃんと帰ってきてね」


 ――約束。


 そう小さく呟くと、彼女はこと切れたかのように眠る。

 結んだ指からは、ほのかな温かみを感じた。

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