第3話 穏やかな朝

 地面とは違った硬さを持つ床を感じて目が覚めた俺は、凝り固まった身体をほぐすようにその場でストレッチをすると、辺りを見渡した。


 譲ったベッドの中では、未だに少女が寝息を立てておりその他に変わったことは何もない。


 軽く身支度を整えた俺は買い出しと昨日の依頼の報告を済ませるべく、朝から街へと繰り出した。


 まだ早い時間とあってか開いているお店は食材系ばかりで、昨日のような活気はなりを潜めていた。朝特有の湿った空気は冷たく、静まり返った街の中をコツコツと靴音が叩く音は気持ちがいい。


 ギルド内部も打って変わって静かであったが、そんな中でも受付の方々は忙しなく働いている。


「あの、すみません」


 声を掛けると一人の女性が対応してくれる。よく見ると、昨日と同じ人だった。確か名前は……アンナさんだったか?


「あぁ、昨日の。良かったー、生きてたんですね」


 なんか、不意打ち気味に煽られてしまった。


「えぇ、まあ……」


 急なことに碌な皮肉も返せず、ぎこちない笑みを浮かべるだけで精一杯だった。


 そんなこちらの心情を読み取ったようで、両手をブンブン振って弁解をする。


「あ、すみません。他意はないんですよ? ただ、ギルドに入ったばかりの人は実力以上の仕事を受けることが多くて、死亡率が高いんですよ」


 ということらしい。真実は誰にも分からない。


「でも無事に逃げ帰ることができたみたいで良かったです。受注した依頼がこなせなくても特に罰則とか無いですし、気にしないでください。一つ一つ、出来る依頼からこなしていきましょう!」


 そう両手で拳を握って意気込んでくれる。その姿には人間的に大変好感が持てるのだが、如何せん何か勘違いをしてるようだ。


「あ、いえ、依頼を終えたことを報告しに来たんですけど……」

「……………………はい?」


 小首を傾げるアンナさん。


「終わったんですか? あのパーティ推奨の依頼を?」

「はい、そうですね」


「数十匹はいましたよね? …………それを半日で?」

「そうなりますね」


「……規則として討伐依頼については証拠となる部位、もしくは現場を確認しなければならないのですが」


「そうですよね! 良かったー、このまま口頭報告で終わるのかと冷や冷やしましたよ。……あっ、多分この辺です」


 用意してもらった地図の一点をトントンと指差す。


 会話のときを除いて終始ぽかんと口を開けていたアンナさんは俺の報告を聞き終えると、恐る恐る進言してきた。


「…………あの、本当ですか? もし、それだけの強さがあるなら王国騎士団にでも入った方がいいと思うのですが……。副団長クラスの実力はありますよ」


 王国騎士団――それは憲兵の中でも選りすぐりの者が入ることの許される王族直系の部隊で、その中でも団長、副団長は一騎当千の強者らしい。


「はぁ…………。でも最初にも言いましたが、ここで仕事を受けてるのはあくまで食い扶持を稼ぐためですから。永住する気もないですし、今みたいな自由の効く職業の方が楽でいいです」


「そうですか。…………残念です」


 露骨に落ち込む姿に、さすがの俺も困ったような笑みを浮かべてしまう。この人はそういった仕事に憧れでも抱いているのだろうか。


「……それにしても、やけに忙しそうですね。何かあったんですか?」


 話を変える意味も込めて、違う話題を俺は持ち出した。


 俺の視線がアンナさんの背後で働いている仕事仲間の方を向いていると理解し、合わせるように答えてくれた。


「いえ、毎朝こんな感じですよ。日中は依頼の受注や終了報告で手が埋まりますので、この時間帯に昨日までに要請された新規の依頼をまとめているんです」


「へぇ、そうなんですね」


 …………思ってた答えと違ったか。


「あっ、でも忙しいといえば、王族に関して何か事件があったみたいですね」


「王族絡みで……。それは物騒ですね」


「いえ、それほどでもないみたいですよ。詳しくは知らないのですが、どうにも昨日届けられるはずの王族への荷物がまだ到着してないみたいで。最近はよく商人の馬車も襲われていたようですし、今朝調査隊が組まれたようです」


「……今朝、ですか。やけに急な話ですね。何か大事なものなのでしょうか?」

「すみません、そこまでは分かりません」


 申し訳なさそうに頭を下げるアンナさんに、俺はそこまだ気にしていない旨を伝える。


 目的も果たし終えたので、そろそろ切り上げるとしますか。


「ところで、今からでも依頼を受けることって出来ますか?」

「えぇ、構いませんよ。何かご希望でもありますか?」


「そうですね…………人探しの依頼、とかありますかね?」

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