第2話 初めての依頼、そして邂逅

 そのまま適当に依頼を見繕った俺は軽く装備を整え、王都の外へと足を向けた。


 疑っていたわけではないが、アンナさんの言っていた通り依頼書とギルドカードを見せるだけで簡単に門を通してもらったことには驚く。魔法の性質上、変身や変装の類いが難しいとはいえ少し警備が心配になってきた。


 そんな王都から南西方向に歩いて十五分。俺の初仕事ともなりうる場所--森へとたどり着く。


 今回受けた依頼は、王都からほど近い森に生息する獣の群れの掃討。最近出現したのち急激に数を増やしたらしく、商人の馬車なども襲われているということで殲滅の依頼が出たようだ。


 群れの数は確認されているだけでも二十はくだらないようで、子供や母体を合わせれば結構な数が予想される。


 それが理由なのか、依頼書にもパーティ推奨の文字が色付けで書かれていた。


 そんな依頼をなぜ単独で受けているのか。それはもちろん報酬の羽振りが良いからだ。


 もちろん、一人では無理だとギルド内で散々揶揄されもしたのだが、そんなことは一切関係ない。この世は金が第一。俺は心が広いので全く気にしていない。


 …………別に傷一つ負わずに戻って、ドヤ顔してやろうとか全然考えてないから。





「……この森、広すぎ」


 そう独り言つのは、森に入って一時間ほど経った頃だ。巣どころか獣の一匹も見当たらない現状に、多少なりのイラつきを覚えていた。


 もういっそのこと干し肉でもぶら下げて俺自身が囮になろうかと本気で思案しかけたとき、ふと鉄臭さをはらんだ空気が鼻先をくすぐる。


 僅かなにおいを頼りに足を進めると、そこには半壊の馬車と二つの死体。そして、その死体を食む三匹の獣の姿だった。


「やっとか……」


 求めていた獲物を見つけ、ため息を一つついた俺は左腰に添えられた刀を抜く。


 その気配を俊敏に嗅ぎつけた獣たちも唸りを上げて、互いに臨戦態勢へと入る。


 先に動いたのは獣だった。その脚の速さを武器に瞬時に俺を取り囲むと、全く同じタイミングで攻撃を仕掛けてくる。


 各個撃破されない連携。明らかに狩りをし慣れたその動きを前に、俺は真正面から突っ込んでくる一匹と対峙する。


 同時に攻撃をする、ということは一匹の動きさえ見ていれば他が攻撃するタイミングも読めるというもの。


 刀を一度地面に刺すと、その刀の鍔を利用して真上に飛び上がる。


 バク宙をするかのように空中で頭を下に向け、その流れで刺さっている刀を抜くとちょうどさっきまで俺がいた空間を三つの牙が貫いていた。


 お返しとばかりに先程まで相対していた獣の首を刎ねる。


 刀を振り抜いた反動で体勢を整えると、着地の勢いを利用してもう一匹の頭を兜割り。残る一匹に反撃されないよう、回し蹴りで牽制を入れておいた。


 三匹いた獣も残りは一匹。勝ち目がないと悟ったのか、一目散に森の中へと駆けていく。


その様子にほくそ笑み、俺は後を追うのであった。




 追いかけっこをすること数分。逃げていた獣はとある洞窟の前で立ち止まると、遠吠えを一つ上げる。


 すると、その声に呼応するかのように中から大量の獣が姿を現した。


 同時にガサガサと草をかき分ける音がしたと思えば、四方から低い唸り声が響き出す。


 ――獣の巣窟。どうやら俺はまんまと罠に嵌められたらしい。


「とでも思ってんのかね、コイツらは」


 刀の背で自身の肩を叩きながら、俺は呟く。


 残念だが、逆だ。探すのが面倒だったのでわざと逃がしたに過ぎない。


 それを理解せず飛びかかってくる獣たちを、俺は次々と薙ぎ払っていった。



 ♦ ♦ ♦



 一面の赤。大量の血を吸い込んだ土は黒く、木々は紅葉よりも真っ赤にその身を染めていた。


 それらに囲まれるようにして倒れ伏す数十の獣の姿は、一枚の絵画のように見えなくもない。


「くそ、最悪だ」


 その中心で立ち尽くしていた俺は、苛立ちを紛らわすかのように髪を掻きあげる。しかし、返り血を浴びた髪の毛は整髪料をつけたかのように固まっており、より一層俺を苛立たせるだけだった。


「とりあえず、このまま王都に戻るってのはないよな……流石に。確か、川が流れている場所があったはずだし、そこで洗うか」


 ここら一帯の地形を思い浮かべつつ次の行動を計画する。


 獣を追いかけたおかげで肝心の現在地がうまく掴めていないが、方角は分かるんだ。川だって水の音で判別できるはずだし、なんとかなるだろう。


 気を取り直した俺は、再び森の中を歩き回った。


 ――そう思っていた時期が俺にもありました。


 森の中を彷徨って数時間、日も落ち辺りがすっかり暗くなっても俺はまだ川を見つけられずにいた。


 一応、このまま王都に戻ることはできる。この森が王都の南東に位置する以上、東に突き進めば街道に差し掛かるのでそこから道なりに進めばいいからだ。


 だが、ここまで探しても見つからない、という事実が俺の意地を変に刺激した。そのせいで何時間も森を彷徨うことになってしまった訳だが、特に後悔はしていない。


 「もうそろそろ見つかってもいいだろ」と何回目かも分からない呟きを心中で漏らしていると、ようやく待望の音を耳が捉える。


 サーッと流れる川のせせらぎ。


 逸る鼓動を落ち着かせ、じっくりと音の方向を探る。


 大まかな位置を掴んだ俺は気が付くと駆け足でそちらに向かっていた。


 繰り出す足に比例して川の音も大きく響くようになっていく。しかし、もうすぐ着こうかという所で視界の端に"何か"を捉え、思わずその場で立ち止まる。


「…………あれは……明かり、か?」


 薄ぼんやりとした橙色の光が小さく揺らめくのが見て取れた。


 その姿は、疑似餌を光らせ獲物をおびき寄せる特殊な捕食者のようにも感じ、慎重に近づいていく。


「――――だったな」


 草むらの陰から様子を伺うと、そこには大きな洞穴が一つあり壁に松明がかがげられてていた。どうやら俺が見たあかりの正体は松明だったらしい。


「あぁ、おかげで当分は食料やら何やらには困らないそうだな」


 その入口を挟むようにして二人の男が座っており、談笑をしている。だが、手にはそれぞれ武器が握られており、傍から見ると友好的に接せられる感じではなかった。


「にしても、チョロいもんだぜ。獣が近くに住み着いたもんだから、俺たちが商人の荷を襲っても全部アイツらのせいと来たもんだ」


「ちげぇねぇ! いつかはバレるだろうが、しばらくは楽に過ごせそうだ」


 そう言って笑い合う姿は、武器と会話の内容に目を瞑ればどこにでもいるような友人同士の会話に見えることだろう。


 いや、この辺りには獣が彷徨いていたのだ。百歩譲れば、その武器も護身用と捉えられたかもしれない。


 だが、先の会話で彼らの素性が盗賊だということが知られてしまった。


 だったら、この場は大人しく引き下がるべきだろう。


 相手の武力を測れないからだったり、勝てそうにないから、という訳では無い。単純に自分とは無関係などうでもいい事だからだ。


 もし自分が襲われたのなら力の差など関係なく報復に向かうものの、そうでないことにまで手を貸すほど俺は善人ではない。


 下手に手を出して、返り討ちに合うなど真っ平ごめんだからな。


 音を立てぬように踵を返すと、川があるらしい方向へ足を進めようと一歩踏み出す。


 水浴びの音でバレるのもなんだし、少し距離を置かなきゃな――そんな事を考えていた矢先のことだった。


「にしても今日は最高の日だ。まだガキだが、女まで釣れた」


「あぁ、女なんて久々だからな。それに、ガキだったら自分好みに染める楽しさだってある」


「それな。お頭なんてあのガキ見つけてから今までずっとヤってるぜ? 早いとこ俺らにも回してほしいもん――がっ!」


それから先は語られることもなく、ドサリと倒れる音で会話は締められる。


「て、てきし――ぅ!」


 隣の男が異変に気づき即座に行動を興すも、まもなくして音もなくこと切れた。


 その原因を作り出したのはもちろん俺であり、その右手には月の光で鈍く反射する武骨な形の何かが握られている。


 それは銃と呼ばれるオリジナルの武器。金属片を中に込めることで、本体に仕込まれた速度を与える構築魔法によりその金属片を射出することの出来る画期的な唯一無二の兵器である。


「悪いな。今の会話で気が変わった」


 倒れた死体にボソリと呟くと銃を構え直し、静かに洞穴を覗く。


 奥にポツンと灯る明かりを見るに、中は思ったよりも深く続いているようだ。


 その明かりに近づくにつれ、下卑た男の聞くに耐えない喘ぎ声が響いてきた。


 岩の陰から顔を覗かせる。そこには円形スペースが広がり五人の男が確認できた。うち三人は裸で蠢いており、残りの二人は酒瓶を抱きしめ熟睡している。


 恐らく、件の少女はその蠢く肉塊の中にでも埋もれているのだろう。


 一度顔を引っ込めた俺は、手荷物の中から球状の物体を取り出すと魔力を流し、その空間へと投げ込む。


 数秒後、強烈な光と音が炸裂し盗賊たちは阿鼻叫喚の様相を呈していた。ある者は目を抑え地面をのたうち回り、ある者は鼓膜の破れ加減の効かなくなった声で喚き散らし、またある者はこの騒ぎに気が付かず呑気に寝たままだ。


 その隙に銃を構えた俺は、静かに一人ずつ始末をしていく。ある一定速度に抑えれば音も出ないため、万が一にも攻撃音からこちらの居場所がバレるということは無い。


 ちなみに、なぜ速度を上げると音が鳴るのかについては原理を知らない。音が出る速度ということで便宜上音速と名付けたりはしているのだが……。


 閑話休題。


 ものの数秒で盗賊を片付け終えると俺は腰のホルダーに銃を戻し、自分を除くこの場で唯一の生者の元へと歩く。


 その姿は子供だというのにやけに艶めかしく、本能的に自然と目を向けてしまう胸元は規則的に上下していた。


 これが、俺と彼女の出会いだった。



 ♦ ♦ ♦



 月にのみ照らされた静かな街道。毛布越しに暖かな人の温もりを感じながら、王都への帰路を歩んでいた。


 呼吸のために僅かに開かれた口から、ピョコっと二つの小さな牙が生えているのが見えた。人間族の犬歯よりも鋭く長い牙が。


 それは彼女が俺たちとは違う種族であることの現れ。かつて最厄最強と謳われた吸血鬼族の証だった。


 吸血鬼族――それは身体の半分以上を吹き飛ばさない限り再生する半不死の存在。それは魔力を含んだ血液を主食とした他種族を喰らう唯一の存在。浴びるように血を飲み、貪るように喰らうその姿はまさに捕食者であり、最強たる所以。


 だからこそ、大戦において吸血鬼族を除く六種族は互いに手を組み、吸血鬼族を壊滅させた。自分達だけでは手に余る、突出した存在を排除しにかかったのだ。


 その後は、六種族間による拮抗した戦況が続き、現在の冷戦状態に続いている。


 一方の吸血鬼族はと言えば、その再生力の強さを利用され人体実験や性玩具を用途とした高級奴隷へと虐げられてしまったようだ。


 あの後、身なりを整えるために近場の川で身体を拭いている最中、俺は彼女が吸血鬼族であることに気づいた。


 吸血鬼族は相当に高価で王族レベルの人達にしか手が出せない。となると、盗賊共が襲った馬車というのはアンスロポス国王への献上品と見てもいいだろう。


 果たしてこの子が奴隷として生きていくことに納得しているのかが分からない以上、下手に行動することははばかられる。


 そして宿に置いてきたままの荷物もあるため、この子の正体がバレないように王都へ連れていこう、というのが現状だったりする。


 ようやく王都を取り囲む砦が見え、来てまもないというのに妙な安心感を覚えた。昼間と違い王都内部の明かりが上空に漏れ出ており、そこだけ黄昏時のように淡い紫の空模様を示している。


「止まれ!」


 本日二度目の入都検査だ。


「入都証、もしくは身分証を出せ」


 厳しい声で指示された俺は、今日作ったばかりのピカピカのギルドカードと依頼書を掲げる。


「…………確認した。それで、その子供は何だ?」


 やはり突っ込まれるか。


 俺は極めて自然な応答を心掛け、あらかじめ用意しておいた設定を語る。


「その依頼をしていた途中で、獣に襲われていたこの子を見つけたんですよ。それで、確かギルドの依頼の中に迷子捜索があったなぁなんて思い出したんで、こうやって保護したんです」


 傭兵は民間、憲兵は国営であるためギルドの内情は知らないはずだ。それに、俺が連れているのは一見してか弱い少女。そこに付け入る隙はある。


「…………ふむ、了解した。さっさとギルドに連れて行って手続きを済ませてこい」


 その願いは叶ったようで、特に少女を調べられることもなく先へと促してくれる。


「あぁ、感謝する」


 思わずその一言を漏らして、俺は再び王都へと帰ってきた。


 午前中は閑古鳥の鳴いていた酒場も、見違えたような賑やかさで覆われていた。席はほとんど満席で、そのどれもがガタイの良い男性客で溢れている。


「あら、いらっしゃい」


 あの無口な主人の娘さんだろうか、茶髪が似合う綺麗な女性が声を掛けてきた。両手にいくつものジョッキを抱え、その勝ち気な瞳からは彼女の強気な性格が伺える。


「あの、午前中に宿泊を希望した者なんですが……」

「あぁ、旦那から聞いてるよ。けどあんた、確か一人部屋だったんじゃなかったっけ?」


 娘さんだと思われた奥さんの視線は、俺の腕の中へと向けられている。


「えぇ、そうだったんですが依頼中に襲われているこの子を見つけて保護したんです。もちろん、二人分払いますよ?」


「いや、生憎と二人部屋は埋まっててね。その子には悪いけど、今の部屋を使っておくれ」


 むしろ、お金が浮いてありがたい。

 口には出さずとも、心の中で感謝の意を述べる。


 そのまま部屋へ上がると少女を備え付けのベッドに寝かせ、武装を解除した。


 その瞬間、一気に重荷が取れたように感じ気の抜けたため息をついてしまう。


 なんか疲れた。体力的と言うよりも主に精神的に。

 身を投げ出すように調度品の椅子に腰掛けると、背もたれに体重を預け無防備な姿を晒す。


 飯を食べるのも面倒だ。ギルドへの報告も明日でいいだろう。


 重たい頭で若者特有の「明日やれることは明日やろう」理論を提唱すると、リュックを枕に床に伏す。


 野宿とは違った緊張感の必要ない睡眠に、意識は抗うことなく落ちていった。

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