第一章 始まりの始まり
第1話 入都
「はぁ、これはどうしたものかなー」
今の惨状を作り出した張本人にも関わらず、俺はそう独りごつ。
まず目に付くのは惜し気もなく裸体を晒す男達の死体。その誰もかれもが額に穴を空けており、それが死因であることは明白だった。
そして、足元に倒れ込んでいる金髪の少女。その姿もまた生まれたままの何も纏っていない状態であったが、男達とは異なりその胸は規則的に上下している。
この場で何が行われていたのか。その答えをありありと見せつけるような形で少女の全身は白濁とした体液で汚されており、未だに下腹部から同様のものがこぼれ出ている。その顔立ちはあどけなさが残っており、外見から察するに十二、三歳といったところだろうか。
そんな年端も行かない少女が、大の男に寄ってたかられ弄ばれていたと考えると、怒りを超えてやるせなさすら感じるから面白い。つくづく殺して正解だったと思ってしまうのもしょうがないことだろう。
「しかし、ほんとにどうしたもんかね……」
実のところ、俺がここにいるのは全くの偶然で、この惨状は衝動的に行われたものだった。杜撰で悲惨な無計画殺人だ。頭がカッとしてやった反省はしていない、というやつである。
「とは言っても、さすがにこのままというわけにはいかないか」
もう一度あたりを見渡し息をついた俺は手荷物から毛布を取り出すと、少女に優しく巻き付けて担ぎ上げる。
悩んで立ち往生するよりも今出来ることをやった方がいいし、いい加減この体液と血液と体臭の入り交じった空気を取り込むのにうんざりしてきたところだ。
さして長くもない洞穴を出ると、煌々と輝く月が頭上に佇んでいた。その周囲には森が広がっており、月に向かって枝を伸ばしたその姿は何かを崇め奉っているようにも見える。
そんな中で、木々が産み出した新鮮な空気を吸いながら軽く伸びをする。
この国にやってきてまだ一日目だというのに、随分とおかしな事態に陥ったものだ。少女を慎重に抱え直すと、現状確認も兼ねて今日一日の出来事を振り返った。
♦ ♦ ♦
暖かな日差し。穏やかな風。カラカラとした小気味よい音と時折響く嘶きを背に、俺は整備された街道の脇を歩いていた。
隣を走り抜けた馬車を横目に歩を進めると、辺りは堀で囲まれ高い塀と強そうな兵で守られた城下町が見えてくる。
街の名は王都アンスロポス。その名の通り、人間族が領土の中でも王が住まう都であり俺や先の馬車の目的地でもある場所だ。
道なりに進み門の前まで来ると、屈強な門番らしき人が入口を塞ぐようにして立っているのが見えた。おそらく、入都診査でも行っているのだろう。
その旨はお師匠さまから事前に聞いていたし、必要な入都証もちゃんと用意している。自分の番を待つこと暫し、特にお咎めを受けることもなく街に入ることが出来た俺は、その活気の良さを目の当たりにした。
通りには元気に走り回る子供から武器を吟味する武装人まで入り混じっており、店の並びも千差万別。至る所から商人の声が響き渡り、その合間からは鍛冶独特の甲高い金属音も姿を見せる。
一言で言って賑やか。王都の名に相応しい様相を呈していた。その熱に浮かされるように、俺は商店の並ぶ通りへと足を向ける。
とはいっても、通りを歩きながら遠巻きに店の様子を覗いているだけなのだが、それでも王都ならではの物も見られる。
特に、生魚がそのまま置いてあることには驚きだ。海から近いこともあり、新鮮な魚を獲ることができるからこその行いだろう。ぜひ、今夜にでも堪能したいものだ。
そうして、街をぐるっと周り終え大方の地形を把握した俺は荷物を置くべく宿屋へと向かった。
一階が酒場、二階から宿泊施設を兼ね備えた構造をしている一つの店に到着すると、ドアを開ける。まだ日中ということもあり、机や椅子が立ち並ぶばかりで人の気配はほとんどない。
そんな中で、一人カウンターに居座るのはガタイが良く厳つい男性。
「ひとり部屋を頼む。空きはあるか?」
その主人らしき人物に声をかけると、読んでいた新聞から顔を上げこちらを一瞥しながら口を開く。
「……何泊だ?」
無骨な見た目どおりの淡白な話し方。その雰囲気に合わせるように質問に答えた。
「とりあえず、三泊で」
「……短期の宿泊は前払いで、キャンセルによる返金は無しだが良いか?」
「あぁ、それで問題ない」
言われた代金を支払うと、代わりに鍵を手渡される。
「部屋は二階の右奥だ。食事は提供していないから好きなところで済ましてくれて構わないが、この酒場でも食べることもできる。ここで食べるなら、少しはサービスしてやれるぞ」
「そのときは、お願いするよ」
この店主、無愛想な見た目の割に色々と教えてくれるな。その気遣いに感謝しながら荷物を置きに行くと、次の予定をこなすべく俺は通りへと繰り出した。
この王都の中で王城の次に大きな建物。そこはお城のような静粛な雰囲気とは裏腹に、夜中まで賑やかな声の止むことがない場所。
傭兵と呼ばれる職業の者が集う場らしく、人々からはギルドという名で慕われていると聞く。
ちなみに、傭兵とは民衆の依頼事を引き受けることを生業としており、入都審査を行う兵士などの国防を旨とする者達は憲兵と呼ばれているようだ。
そんなギルドの内部は二つのスペースに区切られており、入って左手には酒場が、右手には依頼関連のカウンターが広がっている。また、そのスペースを区切る物として真ん中には依頼の紙が貼られた掲示板が置かれていた。
迷わず右手のカウンターに足を進めると、事務作業をこなしていた若い女性の職員さんが俺の姿を捉える。
「ギルドへようこそ。なんの御用でしょうか?」
ニッコリとこちらへ向けてくる笑顔は営業用であると分かっていても感じるものがあり、ファンが多いだろうことを窺わせる。
その胸元には「アンナ=ストレア」と書かれたプレートが掲げられている。
「仕事を受注したいんですけど、どうすればいいんですか?」
「はい、ギルドへいらっしゃるのは初めてでしょうか?」
「えっと……そうですね」
「かしこまりました。本ギルドで仕事を受けるにはギルドカードと言われるものが必要になりますので、少々お待ちください」
そう言うと、アンナさんはテキパキと書類を用意し始めた。
対応も丁寧だし、いい人に当たったのかもしれないな。
「では、こちらの書類に記入していただけますか?」
差しだされた紙面を見ると、どうやら名前や生年月日といった個人情報を書く必要があるらしい。
しばらくはカリカリと、分からない項目はアンナさんに教わるがままに記入を終え、書いた紙を差し出した。
そのつぶさな瞳で不備がないかを確認していたアンナさんの眼がとある項目で止まる。
「ナディア孤児院、ですか。聞いたことがないのですが…………」
そう尋ねられたのは出身地の欄に書いた場所の名前。
眉間に皺を寄せ、覚えがないか苦心している姿が見て取れる。だが、そう頑張って自分の記憶を探っているところ申し訳ないのだが、おそらくアンナさんでも知らないだろう。
なにせ、この人間領にはないのだから。
「知らなくても当然だと思いますよ。一応ドワーフ領にある、ということになっているはずです。調べてもらえれば分かると思いますが……」
「ドワーフ領、ですか? かしこまりました。確認してきますので、しばらくお待ち下さい」
想定していなかった地域に少し戸惑った様子を見せるアンナさん。そのまま裏に駆けていくと、数分の間を要して分厚くファイリングされた資料を手に戻ってきた。
咳払いをしながら席につくその表情は少し赤らんでいるように見える。少しでも戸惑う素振りを見せたことに恥じらいでも覚えたのだろうか?
「すみません、お待たせしました。ナディア孤児院――種族の軋轢など関係なく誰であろうと保護し、育てる養護施設。ただし、孤児院長が自ら保護した子のみが入ることのできる特殊な孤児院――と確認しましたが、こちらでお間違いないですか?」
「はい、それで間違いないです」
丁寧に資料を読み上げて確認するアンナさんに、俺は情報が正しいことを伝える。
しかし、未だにその瞳は資料の文字をおっており、一向に顔をあげる素振りは見せない。何かあったのかと尋ねようとした矢先に、ようやく返事が来た。
「こんな場所に孤児院があったのですね。しかも、どの種族も関係ないなんて……」
そう話しかけてくる目には、関心を含むような色が携えられていた。
「えぇ、設立した人がそういう差別目をしない人なもので。おかげで周りからは変な目で見られていますけどね」
そういった真っ直ぐな視線はむず痒い。思わず照れを隠すようにして、昔の苦い経験を語ってしまう。
「大戦が終わったと言っても、他種族間の遺恨まで消えた訳では無いですからね。そりゃもう、変人だの平和ボケした偽善者などと叩かれましたよ」
…………まぁ、変人って点はあながち間違ってないんだけどな。
そんな後ろ指さされ笑われても仕方の無い異業に対して、アンナさんはバカにした様子もなく口を開く。
「いえ、とても素晴らしいことだと思います。これからも頑張ってください、応援しています。と、そうお伝えして頂けますか?」
やはり、この人はいい人なようだ。
そのほかの項目にもざっと目を通していたアンナさんだったが、不備はなかったのかトントンと用紙の端を揃えると奥へ下がった。
「カードができるまで、少し待っててくださいね」
再び戻ってきたアンナさんがそう伝えてくる。カードが出来上がるまでそれなりに時間がかかるようで、それまでの場繋ぎも仕事の一環なのか、アンナさんとの会話が終わることはない。
「それにしても、どうしてこちらに? お仕事でしたら向こうにもあると思うのですが……」
向こう、とはおそらくドワーフ領のことを指しているのだろう。確かに、俺たち人間族とドワーフ族の関係は良好だし普通の仕事くらいならすぐに見つかる。
けれど、ただ就職したくてここに来たわけではない。
「食い扶持をつなぐためですね。基本的に俺は各地を旅して回っているんで」
俗にいう冒険者。それが俺の本職だ。
俺の回答につかの間唖然としていたアンナさんだったが、すぐに気を取り直すとこちらに笑いかけてくる。
「うふふ、面白い方ですね」
あ、これは信じてもらえてないですね。
とはいえ、アンナさんが信じないのも無理はない。大戦が終わってまだ百年。種族同士の関係は未だに険悪。互いに睨みをきかせあった冷戦状態なのだ。
なので他種族の領土に入れば襲われる、とはどの種族の中でも常識である。そんな中を大して得られるものがないにもかかわらず旅するなど正気の沙汰ではない。
かつては、他種族相手にも渡りあえる強さを持つ者として人間族の間では一種のステータスになっていたらしいが、自称する者が後を絶たず今では狂人や嘘つきの代名詞にまで落ちぶれたほどである。
先の発言も言ってみれば「俺は狂ってます!」と自己紹介したようなもの。笑われても仕方がない。
「はい、ギルドカードができましたよ」
独り物思いに更けていると声がかかった。どうやら目的のものが出来上がったようで、アンナさんが手渡してくれる。
「それはギルドカードといって、この人間領における簡易的な身分証の役割も果たします。外部の依頼を受ける際はそれと依頼用紙を持っていれば王都への出入りに許可証など必要なくなります。また、達成した依頼などの情報も書き加えられるため傭兵としての実力の証と見られることもあります。ここまでで、何か質問はありますか?」
「大丈夫です」
丁寧で分かりやすい説明に十分な意を込めて答えると、アンナさんは話を続けた。
「万が一失くした場合でも、ギルドカードの特殊な構造により悪用はされないので安心してください。ただし、新規に作り直すということになるためそれまでの功績がギルドカードに反映されることはありませんので御了承願います。ギルドカードの説明は以上ですが、なにかありますか?」
なるほど、ここまで簡単に身分証が作れても良いのかという気がするが…………気にしない方向でいこう。
「いえ、問題ないです」
「分かりました。依頼はあちらに見える掲示板に貼ってあるものをこちらのカウンターに持ってきていただければ結構です。掲示板にめぼしい依頼がない場合も私たちに相談していただければ対処させていただきますので、気軽にご利用ください」
その深々と頭を下げる姿を見て、改めて良い人に出会ったと実感した。
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