第11話 お菓子な出来事
話を聞き終えた雛乃の表情は、始終変わらなかった。無表情だ。きっとその様子をジルが見たら大騒ぎするだろうなんて、張り詰めた空気の中で、悠冬はそんな事を考えていた。
「やっぱり、人違いよ。全く記憶にないもの」
「だからそんな嘘をついても、意味ないんだよ? 僕は覚えてるんだから。僕、記憶だけには自信があるんだよね」
「……貴方。昨日覚えるのは苦手だとか、そんなこと言っていなかったっけ?」
言っていることが違うと雛乃は、悠冬を睨みつける。雛乃の視線に悠冬は怯んだりしない。
ただ、少し温室の温度が下がった気がした。ふぅ、と悠冬はため息をつき、呆れたと言わんばかりの顔をして話を続ける。
「うん、あれは嘘なんだけど。……そんなことより、人違いとか絶対にないと思うよ。どう考えても雛乃と柊良ちゃんだよね? あの時の双子は」
「……人違いよ」
雛乃はサラリと否定する。悠冬が語ってくれた物語に出てきた雛乃は、自分ではないと。
ダンッ
「じゃあ、人違いだっていう証拠を出してよ!!」
悠冬は机に向かって手を叩きつけ、怒りの声をあげる。
「私が覚えていないからよ。……そのくだらない出来事を」
雛乃の冷たい表情は、変わらない。だが、どこか悲しそうな瞳に吸い寄せられる。
――やっぱりそうなんだね。
そして悠冬は気づく。雛乃が嘘をつき、この話に触れたくないのだということに。
「まぁ、覚えてないなら仕方ないよね」
話を切り上げた悠冬に、雛乃の瞳が丸くなった。こんなにすぐ切り上げられるとは思っていなかったようだ。
雛乃が一人であたふたしている。
「ぁ……そ、そうね。でもなかなか悪くない物語だったわよ? 割と楽しめたし」
雛乃はこのまま、悠冬の作った物語を聞かされました風に装うつもりなのだろうか? 無謀すぎる。
それに雛乃がずっと無表情だったからか、笑顔が世界一可愛い!! と明後日の方向へ考えが飛んでいってしまうのは、悠冬が疲れているからだろう。
***
悠冬は考え込んでいた。ふと、雛乃のカップが空になっていたことに気づく。
「おかわりする?」
「えぇ、お願いするわ」
雛乃はすかさず悠冬の提案に、のらさせてもらう。雛乃も一息つきたかった。たちまち張り詰めていた空気は消え失せ、ティータイムの時間になる。
「お菓子も食べたいっ!!」
雛乃が目を輝かせ、悠冬におねだりをする。上目遣いで可愛らしい。
悠冬は叶えてあげたいところを、グッと堪える。
「朝ご飯を食べたばかりでしょ。ダーメーだーよ!!」
手でバッテンをつくり、拒否する。
雛乃は、おやつを食べれなかった子犬のような雰囲気を出す。
「どうしても?」
「どうしてもダメ」
悠冬はかなり強めに言葉を返す。そんなことで落ち込む雛乃ではない。しばらく、二人の会話は同じ単語を口に出す、単純なものとなった。
「あああーーーもうっ!! 仕方ないな……」
先に折れたのは悠冬だった。
「いいの? やったー! 私、スコーンが食べたいっ」
無邪気な笑顔でそう言われ、今更嫌だとは言えないのだ、絶対。
「も、持ってくるから。待ってて」
そう言い、ゆっくりと席を立つ。
頭の中は、まだキッチンにいるだろう幸のことだ。見つかったら罵られるに違いないと容易に想像できる。
「別にいいよ」
幸から返ってきた言葉は、意外な言葉だった。
「え、いいの?」
「菓子ならいくらでも。それに学園のこと、よろしくね」
話しながら幸は、黙々と作業を進めている。あー、と声を上げた悠冬は学園のことをすっかり忘れてたという顔だ。
つまり、お菓子でご機嫌をとって学園のことを了承させろということなのだろうか。
「行ってくる」
「はいよー」
戦いにいく兵士のように気を引き締め、幸に告げる。
相変わらず幸はこちらを見ないで、作業をしていた。
「はい、お菓子だよー。どうぞ」
テーブルの上にスコーンとクッキーを置く。できたてではないが、美味しそうに見える。
「いただきます」
美味しそうなお菓子に、雛乃は顔を綻ばせる。黙々とお菓子を食べる雛乃に尋ねる。
「ねぇ、雛乃。学園には行かないの?」
「行く意味ないもの、行かないわ」
「……そっか」
もし誰かいたなら、えっそれで終わりなの? と聞かれただろう。だが、本人が嫌だと言っているんだ。それを無理強いするわけにもいかないと悠冬は考えていた。
ドタドタと音がした。誰かが廊下を走っている。バターンとドアが荒々しく開けられ、姿を現わす。
「やっほー、来ちゃった!」
少女の元気な声が部屋に響く。
「……だ、誰?」
雛乃が若干引いたような声をあげた。
呪われ少女と嘘の少年 子羊 @kamm1214
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