リノリウム畑でつかまえて
じんたね
「こんばんわっ、ご主人様♡」
にゅるりと床から生えてくるメイド服の少女。黒髪をアップにしてウインクなんてしている。
ぼくは手にしていた
「あ、ああ・・・」
ぎっ、きゅうぅにぃりん。
ざっ、、、、ぎちぎち、ざんざんざん。
一度では切り離せないから、何度も刃をぶつけたり、食い込ませたりする。
ざんっ、ざんっ、ぎぃぎぃ。
「痛いっ・・・痛い・・・いい」
メイド少女が苦悶とも快感ともつかない表情で身悶えしていると、ぶちり、という音とともに床から切り離された。
彼女は色あせしたチラシのように倒れると、その場に横たわる。足元からはドクドクと赤いものが流れている。
――メイドはもう流行らない、か。
ぼくはもう一方の手で、それをつまみあげると、部屋の隅に無造作に投げて、他の平べったい少女の上に重ねた。
「あんたなんて・・・大っ嫌いなんだから」「ふふふ、それは庶民の発想ですわ」
メイド以外にもツンデレ少女やツインドリル金髪美女が口をパクパクさせていた。
――疲れたな。
それの束を背もたれに一服する。
この仕事を続けて、もう15年だ。
与えられたミッションは、ひたすら床から生えてくる少女たちを刈り取ること。そうして部屋が少女で満杯にならないように管理することだ。
束になった少女たちは、毎週月曜日と木曜日の日に、業者に引き取ってもらう。刈り取った数は・・・どれくらいだろうか。気が遠くなる。
「リノリウムの床をきれいにする仕事をしてくれないか」
ちょうど就活も失敗してフラフラしていたとき、文芸部の先輩が紹介してくれた。
「ここにはキャラクターがわいてくるんだ。それを刈って欲しい」
「は?」
リノリウムの床。
それはライトノベルからWeb小説に引き継がれた文化遺産。
シーン描写のお約束手法、という意味だと思っている人も多いが、本当は違う。
ライトノベルの時代から続いているキャラクターが生み出される苗床。
先輩曰く、設定だけ作られ小説として描き出されなかったキャラクターたちは、みなリノリウムの床から生えてくるらしい。獲得するはずだった存在やアイデンティティや承認を求めて。
信じる気力も疑う知性も、もう食えないという事実には勝てなかった。
「・・・ここは?」
一服を終え、携帯灰皿に煙草を収めていると、白髪少女が生えてくる。やれ、またか。ぼくは鉈を手に近寄っていく。
「・・・あなた、私のこと、好き?」
え。
ぼくはその台詞に息を呑んだ。
このキャラクターは・・・ぼくが創った女の子だ。名前は、
地味でゲームオタクで、でも素直で愛情表現は下手くそで・・・。何度も失敗し続けた投稿にケリをつけ、就職しようと誓ってから、死ぬ気で考えた子だ。
「・・・眠たいの。あなたのベッドまで運んでくれる?」
宝石のような瞳がぼくを射抜く。たしか、この台詞で主人公のベッドに潜り込むんだったな・・・。
「分かった、よ」
ぼくは大鉈を振りかざし、その根本めがけて打ち付けた。
「・・・うぅ、痛いよぉ」
花梨ちゃんは鳴き声をあげる。痛い、痛い、痛い。止めて、止めろ、助けてくれ。
ざんっ――――ぼくはそのキャラクターの掃除を終えた。袖で頬についたゴミを払いながら。
リノリウム畑でつかまえて じんたね @jintane
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