第102話 成長

 九月四十日に催される叙勲式が近づくと、パーティーの数はますます多くなっていった。


セリカは妊娠中でもあるので、ダニエルが厳選したパーティーにだけ出席していた。


しかしバノック家のパーティーでの噂が広がっているのか、どこに行っても奥様方に名刺を渡されて、レストランや刺繍教室の案内を送ってほしいと言われることが多かった。


パーティーの翌朝には、たいていセリカが束になった名刺を持って事務室に来るので、シビルにも笑われた。


「セリカ様は素晴らしい広告塔ですね。」



広告塔と言えば、セリカはジュリアン王子を広告塔にしてピザの宅配店を作ろうかと思っていたのだが、ダニエルに子どもを産んだ後にしなさいと叱られてしまった。


確かに、言われる通りだね。

身体のことを考えて、徐々に進めていくべきだな。



そんな忙しい日々を送っているうちに、フェルトン子爵一家とダレニアン伯爵夫妻が叙勲式に出席するために、ラザフォード侯爵邸に滞在する日が来た。


馬車から降りてきたクリストフ様は、いやに神妙な様子だった。


「ダニエル、セリカ、久しぶり。今日は世話になります。」


「よく来たな。子爵位の叙勲、おめでとう!」


「クリストフ様、この度はおめでとうございます。」


ダニエルとセリカの顔を見ても、いつものクリストフ様の軽口が出てこない。

どうしたんだろう?



「柄になく緊張してるんだ。ここに来るまでにも、皆にからかわれてたんだよ。」


クリストフ様のぼやき声に、家族の人たちも後ろで苦笑している。


宮殿で、国内のほとんどの貴族が出席した中で叙勲されるそうなので、式のことを思うと落ち着かないのかもしれない。



その日の夕食は賑やかだった。


家族ばかりなのでいつもは子ども部屋で食べる子ども達も一緒に食事をしたのだが、ティムくんとアルマちゃんの成長に驚いた。


ティムくんは話すのが上手くなっていて、「なんで? どうして?」と大人の会話にも入って来るし、大人がすることをよく見ていて、ポソッとうまい言葉を言ったりするので、油断が出来なくなっている。


「パパはおしゃべりなのに、きょうはキンチョーしてるんだよね。」


ティムくんがそう言った時には、セリカは吹き出しそうになった。

ダニエルはクリストフ様に対して遠慮がないので、声をあげて笑っていた。


アルマちゃんの方は、芸が出来るようになっていて、「アルマちゃん!」と呼ぶと「アー!」と返事をして手を挙げてくれる。

食事が済んで、部屋に帰るアルマちゃんに「またね!」と手を振ると、バイバイと笑いながら手を横に振ってくれた。


可愛いー。


周りに小さい子がいないので、二人を見ていると飽きない。


この子も、あんな風になるのかしら?

セリカは少し大きくなったお腹を、そっとさすったのだった。




◇◇◇




 翌日の叙勲式の日は、早めに起きて食事をして服を整えるという、結婚式の日のような気ぜわしい朝だった。


全員が正装して馬車に乗り込む頃には、ちょっと疲れを感じたほどだ。


ダニエルがダレニアン伯爵夫妻とクリストフ様が乗り込まれた馬車に同乗したので、セリカはマリアンヌさんやペネロピと一緒の馬車に乗せてもらった。


「良かった、馬車に乗れたら一安心ね。アルマがお乳を飲むのを止めないから出発が間に合わないかと思ったわ。」


ペネロピは以前よりお母さんらしくなったようだ。

前はまだ新嫁さんの初々しさがあったが、この半年で逞しくなったように感じる。


「魔導車だから大丈夫よ。王都は道もいいし。アルマも皆の緊張が伝わって不安になったんじゃない? ティムもこの服は着ないって言って手こずらせたのよ。」


「でも新しく雇われた教育係のエモリーさんが、上手くティムくんをのせて着せてましたね。」


「ええ。ジョシュが生まれてからティムが赤ちゃん返りをしちゃってね。手がかかり出したから、ちょっと早めに教育係を頼んだの。エモリーが出来る人で助かってるわ~。」


マリアンヌさんも二人のお母さんになると大変だ。


それでも貴族は使用人を雇えるからまだ楽なんだろうな。

ハリーのお姉さんのミランダなんて、赤ちゃんを背負って両手に子どもの手を引いて里帰りしてたもの。


 

王宮に近づく頃には周りにも馬車が増えて、いつにない行列ができていた。

少しずつ宮殿の中に飲み込まれていく馬車の列の中で、クリストフ様ではないけれどセリカも徐々に緊張してきていた。


魔法量検査なんかで王宮の事務を行う場所には行ったことがあるけど、王族が住まう宮殿内には入ったことがないのよね。



馬車が止まったので、一番にセリカが降りると、そこには天までそびえたつような高い柱が林立していた。

見事な装飾が施されている柱の林の中を、大勢の人たちが入り口に向かって歩いている。


「セリカ、待ってたよ。」


ダニエルとクリストフ様が第一夫人をエスコートするために、セリカたちの馬車の到着を待っていてくれたようだ。

皆で大きな扉のところへ歩いていくと、宮殿の係の人が一人やってきて、クリストフ様の胸にリボンをつけた。

そしてクリストフ様とマリアンヌさんだけを、別の場所に連れて行った。


…こういう時も第一夫人だけなんだね。

ちょっとペネロピが可愛そう。


セリカがペネロピを振り返ると、にっこりと笑い返してくれた。


強くなってる。

もう悩んでいたあのペネロピのままじゃないんだね。



入り口の扉をくぐると、大きな声で一組ずつ到着を知らせるように名前を呼ばれるようだ。


「ラザフォード侯爵閣下並びに侯爵夫人!」


ダニエルとセリカが名前を呼ばれると、会場の中にいた大勢の人たちが一斉にこちらを向いたのがわかった。


ひぇ~、注目されてるし…。


でも、私もしっかりと顔をあげて前を向いて行かなくちゃね。


セリカはペネロピに負けないように、背筋を伸ばして会場に入って行った。



その時、足早にこちらにやって来る大きな身体のおじいさんが見えた。


お年寄りのわりに足腰がしっかりしているようだ。

後ろから追いかけているお付きの人が出遅れている。


「う、めんどくさい人間に見つかったぞ。」


「誰なの?」


「…ビショップ公爵だ。」


あの人がビショップ公爵?!


名前はよく聞いていたが、お目にかかるのは初めてだ。


いったいどんな人なんだろう?

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