第101話 企画

 セリカは店に置く手芸用品を仕入れるために、以前、布を買いに行った手芸用品店に出かけることにした。


マリアンヌさんの赤ちゃんにプレゼントするスタイは、ガーゼのような手触りのいい布で作ってある。

普段使いのワンポイント刺繍のものと、お出かけ用の模様が凝ったものをこしらえた。


それを見本として持ってきている。


ランデスの街の手芸用品店は、ダレーナのスミスのおばさんの店とは違って二階建ての大きな建物だ。

あふれるほどのリボンや布、ボタンなどを見ていると何を作ろうかと想像して楽しくなってくる。



セリカたちが店に入って行くと、主人のロキシーがすぐに出て来た。


「侯爵夫人、いつもありがとうございます。プレゼントのよだれかけはできましたか?」


「ええ。エレナ、ロキシーに見せてあげてくれる?」


お付きのエレナがセリカの作ったスタイを取り出すと、ロキシーは一目見ただけでリボン刺繍に注目した。



「…これは! セリカ様、こんな風にリボンを使って刺繍するのが、貴族の皆様の間で流行ってるんですか?!」


「これから流行させるのよ。そのことで相談があるんです…。」


セリカは今度出すレストランの一室に、手芸用品を並べて売りたいので、こちらの店の商品を半額割引で買わせてもらえないかと持ちかけた。



「半額ですか?!……それはちょっと厳しいです。」


「店の土地代も人件費もこちら持ちで、支店を持てるようなものなのよ。…それなら四割引きではどう?」


「それならなんとか協力できそうです。」


「それは良かったわ。じゃあ契約書を交わしましょう。」


実のところ、最初から四割引きを狙っていたのでセリカとしては嬉しい契約だ。

昔からスミスのおばさんの店で手伝いをしていたので、手芸用品のだいたいの仕入れ値なども知っている。

これならロキシーもセリカもウィンウィンの手打ちだろう。



いくつか見本を作っておきたいので、今日もたっぷりと布やリボンや刺繍糸を購入した。

けれど量を買ったわりには、支払金額がずいぶん安い。


うーん、やっぱり四割引きだとだいぶ違うなぁ。



帰りにアダムの工房に寄って、リボン刺繍用の刺繍針を大量注文しておいた。


アダムは「そんなに売れるのか?」と懐疑的だったが、足りないよりはいいだろう。

針なので置いておく場所も取らないしね。




◇◇◇




 午後からは、今日から来てくれている店の責任者になるシビル・ローガンとの作戦会議だ。


店の方はまだ改装中なので、屋敷の方に来てもらっている。

仮の事務所として使ってもらっている部屋へ入って行くと、シビルが立ち上がって出迎えてくれた。

こげ茶色の髪の毛をお団子にスッキリと丸めて、事務仕事をする時につける腕カバーをしている。


「セリカ様、手芸用品の店とは計画通りの商談になったようですね。昼食の時にエレナさんから聞きました。」


「そうなの。ロキシーの儲けも出るようにしっかりと売らなきゃね。」


セリカとシビルはメモ帳を片手に大き目の作業テーブルについた。



「最初に手芸用品のことで、私が考えていることを話すわね。手芸教室に参加する人用にランチョンマットの手芸キットを作ろうと思ってるの。」


「手芸キットですか?」


「そう。針や布、刺繍糸やリボンもセットにしてカゴにでも入れて何セットも作っておいて、それに講習券も付けたら簡単に教室に参加できるでしょ?」


「なるほど…いい考えだと思います。それだと手ぶらで来ても刺繍が出来ますね。」


「ハサミや鉛筆は教室用の備品として用意すればいいかな。午前中に従業員のことを把握してもらったと思うけど、その中から手芸用品店を任すことが出来そうな人を一人選んでくださる?」


「はい。フフッ、でもまさか飯屋の責任者になって最初の仕事が手芸品のことになるとは思いませんでしたわ。なかなか楽しい仕事になりそうです。」


シビルは笑いながら、自分のやることをメモしていた。


「まずはキットを一組作ってみて、値段をいくらにするか後で相談しましょう。」


「わかりました。」



セリカは、店の名前を決めなければならないと思っていた。


「店の名前なんだけど、いつまでも『店』とだけ言う訳にはいかないよねぇ。でも『多国籍料理 ラザフォード』じゃ長いよね。」


「『ランディ』なんていかがですか? ラン・・デスの街のレディ・・のお店なので。」


シビルがさらりといい意見を出してくれた。


「ランディ…ランディ。いいわね、言いやすそう。それにしましょう!」


「お、奥様。そんなにすぐに決められていいんですか?」


「え? 人の口にのぼる為には言いやすいことと親しみやすいことが一番よ。カッコいい長い名前をつけても覚えてもらえなかったらお終いだもの。ランディ…いいと思う。決まりね。」


セリカの思いつきや行動に慣れているエレナは、そうですねと頷いていたが、意見を出したシビルの方が戸惑っているようだった。


― シビルも二、三日すればセリカのやり方に慣れるわよ。


そうだね。

エレナも最初はうろたえてたけど、今は何にも言わないもんね。



その後で、先日預ってきた貴族の名刺を一束出して、ツアーの手紙を送ることをシビルに伝えると、目を丸くして驚いていた。


「こんなにたくさんの希望者がいるんですか…。どうやって宣伝されたんですか?」


「パーティーで、皆さんが刺繍を習いたいと仰るものだから…。その場の思い付きで旅行ツアーの宣伝をしたのよ。」


「…………。」


「魔導車を差し向ける住所によっては、旅行金額を変えた方がいいでしょ? どのくらいが妥当な値段になるのか、試算してみてくれる? 料理は貴族料理・庶民料理・外国料理と三コースの中から選べるようにしたらどうかしら? 料理代はディクソンと相談してみてね。参加者名と必要な部屋数が記入できる欄もいるわね。あ、宿泊希望日も選べるようにしたらいいかも。」


「…はい、わかりました。」


「試算が出てから、また話し合いましょう。」



「あの…セリカ様の出産予定日を教えていただけますか? お腹が大きくなったら、刺繍教室はできないでしょう。」


シビルにそう言われて、セリカも気がついた。


そう言えば、臨月の頃には仕事ができないよね。


― それまでに、店の責任者に刺繍教室もしてもらえるように

  教えといたら?


奏子、ナイス!

そうだねー。



「予定日は二月六日だから、年内は私が教室をできると思う。後は、店の責任者の人に頑張ってもらおうかな。」


「わかりました。それでは人前で説明ができる者を責任者にした方がいいですね。」


「おおう、シビルがいてくれて良かったよ。私はそういう細かい所に気が付かないから…。」


「私にもできる仕事があって良かったです。」


シビルは苦笑していたが、本当にこうやってチェックしてくれる人がいると助かる。


試算なども任せられるので、セリカはこれから刺繍教室で使う見本を作ろうかなと思っていた。


シビルではないけれど、飯屋の仕事の最初が「手芸」とは、おかしな展開になってきたものだ。

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