第14話 カールの受難
レーナン農場は本当に街のすぐそばにあった。
大きな納屋を二つダンス会場にしてあって、納屋と納屋とを繋ぐように天幕が渡されている。
その天幕の下でバーベキューなどの食事や飲み物が提供されていた。
「まぁ、こんな風にお祭りのようになってるとは思わなかったわ。」
「町内で参加人数ごとに会費を集めたからね。あのボブ・レーナンという子はやり手だよ。ひょっとするといずれ町長選挙に出てくるかもしれないよ。」
母さんがそんなことを言いながら、町内会の顔役の人たちが受付をしているところに行ってうちの出席を伝えた。
「セリカ、あっちの納屋に行ってみましょうよ。扉の上にバラやリボンが飾ってあるから若い人たちが集まってるんじゃない?」
レイチェルは髪につけたピンクのバラに手を添えて位置を確かめ、目をギラギラさせて周囲の男性を見廻しながら戦闘態勢に入ろうとしている。
カールはレイチェルのそんな様子を見て少々引いているようだったが、セリカに目で促されるとしぶしぶと二人の後について来た。
セリカたち三人は父さんたちと別れて、賑やかな音楽が聞こえてきている納屋の入り口をくぐった。
早くもダンスが始まっていて、壁際に立っている女性のところへ、次々に男性がダンスを申し込みに行っている。
扉をくぐった途端に、レイチェルは緑のリボンを肩につけた少し年上の男性に申し込まれて、中央のダンスの輪の中に入っていった。
その様子を見ていたセリカとカールも、気分が高揚してくるのを感じていた。
「カール、頑張ってね。」
「…う、うん。」
「あそこのピンクのバラの人はどう? 笑顔が優しそうよ。行ってみなさいよ。」
「え? ピンクバラだったら年上じゃん。」
「バカねっ。すぐに結婚できるのはピンクバラの人でしょ。カールたちと同い年か年下の白バラだったら五月に結婚できないじゃない。」
「…はぁ。そうか。」
カールがおずおずと、セリカが言ったピンクバラの女性に近付いて行っていると、その人は横から出てきた青リボンの男性に先にダンスを申し込まれてしまった。
その女の人はカールに申し訳ない顔をしながらも、青リボンの男性と一緒にダンスに行ってしまった。
そうか……カールは白リボンだから、知らない女性から見るとお子様の対象外になっちゃうのね。
― これは困ったわね。
セリカ、カールが奮闘してる間に、私たちが白バラの子に
話しかけて四月か五月生まれの子を探すべきじゃない?
そうね、それはいい考えかも。
何人かは白バラの子で来月成人する四月生まれの子が見つかったが、その子達はピンクバラの二年以上になってから結婚を考えるつもりだと言う。
最近は結婚を先延ばしにして独身生活を楽しむ女性が多くなっているので、それも無理はない意見だ。
当のセリカ自身もそのくちだったので、人のことはとやかく言えない。
やっと一人五月生まれで結婚を早くしたいと言っている子を見つけたが、カールにそれを告げに行くとすぐに断られてしまった。
「アネキ、あいつは基礎学校で一緒だったから知ってるんだ。人の言うことは聞かないし、勉強ができない子を馬鹿にしていじめてたし、あんなやつと結婚するぐらいなら店の人手が足りないままでいいよ。」
うーん、見た目は可愛らしかったが、中身がいまいちだったか。
納屋の中の白バラの女性にはほとんど声をかけ終えていたので、セリカは入り口近くに立って、新しく納屋に入ってくる子に声をかけ続けていた。
それでもすぐにカールと結婚してくれそうな女性がなかなか見つからない。
セリカが手詰まりを感じていた時に、納屋の外が騒がしくなった。
入り口から出て覗いてみると、エールで真っ赤な顔になった町長さんが奥さんにコップを預けて、道の方に走って行くのが見えた。
街から続く道の方を見てみると、ダレニアン伯爵家の立派な馬車がレーナン農場に入ってきているところだった。
うわっ!
本当に来ちゃったよ。
― ダレニアン卿って、物好きなのね。
面白いもの好きなのかも。
◇◇◇
貴族がこんな農場のダンスパーティーに来たということで、場内は一時騒然となった。
しかし当のダレニアン卿が町長さんたち街のお偉方を早々に袖にして、会場を一人で歩きまわり始めたので皆、遠巻きにその歩く姿を見守っていた。
ダレニアン卿はセリカたちがいた納屋に来ると、周りを気にせずに精力的に次々と女性に話しかけている。
― 貴族とは思えないわね。
群衆の中に自然にとけこんでるわ。
面白がってただけじゃなくて、女好きだったのかしら…。
― あんなに綺麗な奥様がいるのに?
高位貴族は何人も奥さんが持てるんでしょ。
妾を作ってもいいみたいだし。
セリカが眺めている間に、ダンスの輪の向こう側にいたダレニアン卿は、カールを捕まえて一人の赤バラの女性を押し付けた。
カールとその赤バラの女性が踊りの輪の中に入っていく。
「え? 赤バラ?!」
赤バラは二十歳以上の人だ。
カールとは五歳以上も歳が違う。
もしかして貴族はバラの色の意味がわかってないのだろうか?
セリカは心配になって、納屋の壁沿いの人ごみの中をダレニアン卿がいるところに向かって歩いて行った。
ダレニアン卿はセリカが急いでやって来るのを見て、ニヤリと笑った。
「やぁ、セリカ。そのドレス良く似合うね。うちの奥さんの見立ては確かだな。ダニエルももう少しこっちにいて、婚約者と一緒にダンスでも踊ればいいのにね。仕事人間だからなぁ。」
「こんにちは、ダレニアン卿。まさかカールのために農場まで来て頂けるとは思っていませんでした。」
「ふふ、こんな面白いことを見逃すわけがないだろう。僕がちゃんと見届けて、ダニエルとジュリアンに報告しなきゃいけないしね。」
まさかの王子様だよ。
― どうもラザフォード侯爵への報告よりも、第一王子様への
ご注進が先なのかもしれないわね。
あの王子様って、いたずら好きな感じだったな。
― 王都から馬車を走らせてまで、セリカへ念話器を届け
させたぐらいだもんね。
「ダレニアン卿…。」
「クリストフでいいよ。このパーティーが終わったら兄妹になるんだし。」
「…?! もしかして養子の話ですか?」
声が小さくなる。
もう準備ができたんだ。
「パーティーの後一週間もしたらベッツィーも店に慣れるだろう。セリカには一週間後にダレニアン伯爵邸に移ってもらう予定だ。」
「…ベッツィー?」
「今、カールと踊ってる子だよ。ほら、あそこ。」
元気いっぱいの笑顔のオレンジのドレスを着た女性が、カールを振り回す勢いでダンスをしている。
カールより背は低いが、身体からあふれ出るような生気が、その女性の存在を大きく見せている。
クリストフ様からもう決定のように告げられる『義妹』の姿。
私より年上の義妹なんだね。
― うん。でもよさそうな人じゃない?
素朴だし。
農業特区の人みたいね。
まだ春先だけど小麦色に日焼けしてる。
カールの顔を見てみると、戸惑ってはいるようだが嫌がってはいないようだ。
一週間後か…。
何とか二人が上手くいってくれればいいけれど……。
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