第11話 お泊り

 これは言いつけを守らなかったから怒られるパターンだな。


「ごめんなさいっ。母さ…じゃない侯爵様。」


「はぁ~、セリカ。私がなんで怒ってるのかわかるのか?」


「えっと、侯爵様が来るまで手紙を開けずにいるようにと言われてたのに開けちゃったから?」


「まあ、それもある。貴族の世界では数は少ないけれど魔法を悪用する人間もいる。護衛のいないところで何でもかんでも開けてはいけない。」


「はい、わかりました。」


ひえー、魔法の悪用か。

どんなふうにするんだろう。



「私が一番腹立たしく思っているのは、ジュリアンだ。女性の寝室での姿を見てもいいのは伴侶だけだ。セリカ、君もそのことは肝に銘じてくれ。私は浮気は許さない。貴族の中にはそのあたりの道徳観念がゆるい人間もいるが、私はそういうのは嫌いなんだ。」


うわぁ、マジだよこの人。

今までで一番真剣かもしれない。


「はい。今後は注意します。」


「なら、念話器ごと手紙を持って来てくれ。」


「はい、それはいいのですが……。」


「なんだ? 何かあるのか?」



「実は王子様がピザを見てみたいと仰せになりまして、今日の十五刻過ぎにもう一度、念話をすることになっているんです。」


「ピザ? …クリスだな。」


「はい、クリストフ様から聞いたとおっしゃってました。」


「あいつはまったく、なんでもかんでも…。」



本当にクリストフ様はおしゃべりだ。


あの人のおしゃべりのせいで私も養子に行ったり結婚したりしなくてはならなくなった。

侯爵様もさぞやお疲れのことだろう。



「十五刻過ぎか。夜になるな…。セリカ、私は今日はこちらに泊まることにする。」


「は?」


「この部屋で寝るので、寝具を少し貸してはもらえないか?」


「は、はい。」



 侯爵様がうちに泊まることを母さんたちに伝えに行くと、普段、感情をあまり出さない父さんにまで驚かれた。


そうだよね。


貴族がうちに泊まるなんて、晴天の霹靂へきれきだよ。



お風呂なんかどうしたらいいんだろう。


― 一日ぐらいなら、熱いお湯でも持って行ったら

  いいんじゃない?


「だよね。あの侯爵様がうちのお風呂を使っている所なんて想像できない。」


― ふふ、背が高すぎてバスタブに入りきらなかったり

  して。


奏子の言葉に、バスタブから足がほとんど飛び出している侯爵様の姿が目に浮かんで、笑えて来た。


うん、なかなか滑稽な絵面だ。




◇◇◇




 十五刻過ぎになって、侯爵様がジュリアン王子と念話で話している間に、セリカは厨房にピザを取りに行った。


窯から出したての熱々のピザをお盆にのせてすぐ運んでいく。



「お待たせしました。トレントの店特製のピザです。」


「ああ、こちらに。」



机に乗せられた念話器の上に立っている王子に見えやすいように、すぐ前に湯気の立っているピザを置く。


「これは……美味そうだな。」


「ああ、食べると溶けたチーズが具材と一緒に口の中で合わさって、えもいわれぬ味わいだ。」



侯爵様はそう言いながらピザを一切れ手に取って、糸を引くチーズを舌で受けながら、美味しそうにハフハフと一口で食べてしまった。


王子様がその様子をよだれが垂れそうな顔をして眺めている。


「くそっ、ダニエル。仕返しをするなんて酷いぞ。」


「酷いのはどっちだ。勝手に俺の結婚を決めて、その上、花嫁の寝間着姿まで見たんだからなっ。」


「そういう事情だとは知らなかったんだから、仕方がないだろ。それに、可愛い子じゃないか。こっちはお前が似合いの奥さんをもらえるようにしてやったんだから、褒めてもらってもいいぐらいだ。」


「ああ言えばこう言う。お前たち二人には参るよ。」



なんだか侯爵様はお友達と話していると全然違う人みたいだ。


ジュリアン王子は従兄弟なので、クリストフ様よりももっと気のおけない関係なのだろう。


こうして見れば王子様と言っても普通の人間なんだな。



ジュリアン王子との念話を切って、セリカが失礼して部屋に下がろうとしていた時に、侯爵様から声をかけられた。


「セリカ、ちょっと聞くが。昨日、この念話をした時には部屋に一人だったんだよな。」


「はい。」


「ふーん。君の魔法量は……。」


「え? なんですか?」


「いや、なんでもない。下がって良い。」



なんだろ? 変なの。


「それでは失礼いたします。おやすみなさいませ。侯爵様にレーセナの夢を。」


「…?!……ああ、おやすみセリカ。君にレーセナの夢を。」




◇◇◇




 侯爵様を迎えての夕食の時にはまだ緊張があったが、翌朝の朝食の時には家族も開き直りの境地に達していた。


昨夜、侯爵様が我が家のお風呂に入った後で、排水ホースの設置理由について質問してきたことが、父さんやカールとの間の垣根を低くしたのかもしれない。


今朝も朝日が昇ってから、排水ホースから流れ出る洗濯用の水を見る為に、男三人で裏庭の方へ行っている。



貴族って、変なことに興味を持つのね。


― あら、私もバスタブから伸びる尻尾のような排水ホースを

  見て、感心したわ。

  洗濯用にお風呂の排水を利用してるのはエコでいいなぁと

  思ったのよ。

  外の洗濯場も少し掘り下げて、立ったまま洗濯しやすい

  ようになってるし。


油汚れの出る仕事をしてる家は、皆やってるけどね。

ぬるめのお湯が使えたら、汚れが落ちやすいし。



 朝食での話題は、その洗濯水のことと野菜クズのコンポストのことだった。


「野菜クズを農家が肥料にするために引き取りに来るとは知らなかったな。」


「お天道様てんとうさまがこしらえたものは、最後まで循環してるんですよ。ありがたいことです。」


珍しく父さんが積極的に話をしている。

侯爵様に教えられることがあるのが嬉しそうだ。



朝食の後、父さんが店の料理の下ごしらえを始めて、母さんが川へ洗濯の仕上げに出かけると、侯爵様に朝の散歩に誘われた。


「カール、忙しい時にすまないが、少しお姉さんを借りるよ。」


「公園の桜が今時分は綺麗ですよ。アネキ、連れて行ってあげたら?」


そんなことを言われたので、セリカはパンを買いに行くのを弟に任せて、川で洗濯をしている近所の人に会わないように道を選びながら、侯爵様と公園へ向かった。



公園では蕾がほころび始めた桜の樹が、朝日を受けて白く輝いている。


春風が朝の新鮮な空気をダレーナの街に運んできていた。


桜の樹の下のベンチにセリカと侯爵は腰を下ろした。


誰もいない公園で、小鳥が走り回って餌をついばんでいる。



「セリカ、君の魔法量は私が思っていたより多いんじゃないかな?」


突然、侯爵様にそう切り出されて、セリカはビクリと身を震わせた。


「……はい。養子のことが決まって、隠す必要もなくなりましたので申しますが、空も…飛んだことがあります。」


「そうか。どこかで魔法を使ってみたんだね。」



「叔母さん、母の末の妹のメグ叔母さんの森の家に一年に一度預けられていました。その…体が熱っぽくなって体調を崩すことがあったので。その家に行った時には、人がいない森の中で魔法を使ってみてました。」


「ふむ、貴族学院で学んでなくても使えたのか。それはすごいな。何の魔法が使える?」


「何と言われましても……何でもやってみました。」


「ほうっ。これは、ジュリアンではないが拾い物だったのかもな。」



そう言って、侯爵はじっとセリカの身体を見つめた。

まるで何かを検分してるみたいだ。


「王都に行ったら最初に王宮に行って、魔法量を計る検査を受けてもらう。これは貴族の子どもは十歳で全員受けさせられるものだ。民間の者が血液検査を受けるようなものだな。」


「はぁ。」


へぇ~、魔法量を計れる物があるんだ。



「秋の始め、八月にはこちらへ迎えに来られると思う。結婚式は九月、遅くとも十月の初めまでには挙げたい。冬になると客の移動に難儀する。」


「はい。あの…家族は、家族は結婚式に出られるんでしょうか。」


八月に家族と別れて、もう会えないの?

せめてもう一度、結婚式に会いたいよぅ。



「もちろんだ。クリスに頼んでおくので、一緒に王都に出て来てもらえばいい。そうだな、こちらに家族用の魔導車を一台、手配しよう。」


「魔導車?」


「手紙を運んで王宮からやって来ただろう。あれは普通の馬車で二週間かかる所でも一刻もかからずに走って来る。まぁ、誰でも持っているわけではないが。」


そ、そんなに早く?!



「言っておくのはこのくらいかな。また何かあったらダレニアン伯爵邸に念話する。」


「わかりました。」



「それでは、セリカ。また八月に会おう。」


そう言いながら侯爵様は立ち上がると、早くも空に浮かんで行った。


春霞の空の中へ溶け込むように、みるみるうちに姿が小さくなっていく。



なんとも素っ気ない別れだ。


末席決定とはいえ、とても婚約者に対する態度とは思えない。



女嫌いの独身主義者。


セリカは、これからの結婚生活を思って、小さくため息をついた。

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