新たな夜明けと蛍の灯

 20XX年 物理学者のアイテイル・テレスは大気中に浮かぶ無尽蔵エネルギー、通称エイテリウムを発見した。それにより、資源問題や環境問題、地球上のあらゆるエネルギー問題が解決された。エネルギーの座を枯渇しかかっていた化石燃料からエイテリウムが取って代わるまではそう掛からなかった。エイテリウムの最大の特徴は、大気中に無尽蔵にあり、なおかつクリーンなエネルギーであることだ。初めは車や、電車等の乗り物だけだったが、次第に家電製品など、動力で動く全てのものはエイテリウムに置き換えられていった。




 胡散臭いほど透き通った空気、白々しいほど音の出ない乗り物、東京の新宿のど真ん中で、こんなに綺麗な空気が吸えるとは昔の人は思ってもいなかっただろう。エイテリウムが普及し初めて数年、世界は嘘くさいほど美化されていった。


「究極のクリーンエネルギーだって? そんなもん本当にあると思ってんのかよ……」


 俺は誰に聞かせるつもりでもなく悪態をついた。俺には生まれつき、未来予知の能力があった。都合良く使えるわけじゃない。予知夢といったほうが正しいのかもしれない。初めて自分にそんな能力があると知った時は、飼っていた子犬が、車道に飛び出し車にハネられる夢を見た時だ。その夢を見てから数日後、学校から家に帰ると、冷たくなった愛犬の姿があった。次に見たのは、友人と喧嘩別れをする夢だった。その時は仲が良く、そんなことは起こりえないと思っていた。そんな幻想は数日後に打ち砕かれるわけだが……。何度か繰り返し予知夢を見てわかったことがある。俺の予知夢は不幸なことしか見れないことだ、そして、わかっていても、それを阻止することは難しいということだ。


「ちっ、こんな能力あったって、役に立たねえっつーの」


 遠い昔に誰も吸わなくなったタバコを咥え火を着けた。市販のタバコが製造中止になって半世紀経っている、今吸っているタバコだって、自分で巻いた手巻きタバコだ。周りの通行人から、文字通り煙たがれるが、特に気にすることもなく、空に向かって煙を吐き出す。透き通るような青い空にモクモクと白煙の輪が広がっていく。環境も健康も俺の知ったことではない。そんなものを気にしたところで死ぬときは死ぬし、長生きをするやつはするもんだ。


「ちょっと、貴方。学生がこんなところで何やってるの!」


 ちらりと視線を動かすと、婦警さんが警察手帳を片手にこちらに向かってくる。俺は悪びれる様子もなく、ゆっくりと婦警さんに向き直った。


「こんちはーっす。今日は開校記念日で休校日なんですよ」


 俺は気怠く欠伸をしながら答える。もちろん開校記念日は嘘だ。学業よりもやりたいことがあるからサボっただけだ。


「嘘をおっしゃい。それに、タバコなんて吸って、未成年はタバコは禁止されてるのよ!」

「婦警さん、いつの時代の話ですか。未成年者喫煙禁止法なら、廃止されてますよ」


 これは本当だ。そもそもタバコが販売されていない今の世の中にそんな法律は必要ない。まあ、法律があったところでタバコは吸っているだろうが。


「分かりました。タバコのことはいいから、学生証を見せなさい。本当に休校か確認します」

「すんません、婦警さん、学生証を忘れて来ました。今度でいいですか?」


 婦警さんとのおしゃべりを楽しんでいると、前方から、モスグリーンと白色のツートンカラーの乗り物が、ボロロォと煩い音を立てて近づいてきた。


「おっす、またせたな」


 頭は金色の染めた髪をポマードでオールバックに固めいる。体型はガタイが良く、黒いタンクトップの上に赤いチェックのシャツを羽織っており、穴の開いたジーパンを穿いていた。見るからに柄の悪そうな青年が、外見も古臭く年季が入っているボロボロな自動二輪に跨っていた。


「よお、トオル。未だにそんなんに乗ってんのかよ」

「スーパーカブ舐めんなよ? こいつより頑丈なバイクはこの世に存在しねえんだぜ?」


 トオルはまるで自分のことのようにスーパーカブの自慢をする。俺は停車した、スーパーカブの後部座席に腰を掛ける。


「ちょっと待ちなさい! 話はまだ終わってません!! それに君はノーヘルメットじゃない!」

「お姉さん、全自動で走る乗り物しかない時代に道交法なんてないっすよ」


 乗り物は全部AI制御で、行先を音声入力すれば自動で最短距離を走る時代だ。マニュアルで操れる乗り物など、世界にほとんど残っていないだろう。交通事故は毎年ゼロ件が続き、道路交通法も運転免許証も必要無くなってしまったのだ。


「んじゃ、おしゃべり楽しかったよ、婦警さん。またね」


 トオルがアクセルを回すと、スーパーカブは元気良く走り出した。俺は後ろに振り向き、バイバイと手を振る。婦警さんは何やら怒っているようだが、追ってくる様子はない。そういえば、このバイクはどうやって走っているんだ? 俺は疑問に思ったことを口に出した。


「お前、燃料はどうしてんの? これ、エイテリウム対応じゃないよな?」


 見るからに百年以上前の旧車だ。そんな昔のものが走っていることさえ、奇跡だが、そもそも燃料がどうなっているのか不思議だった。ガソリンスタンドなどというものは、エイテリウムが普及した現代には必要ない、少なくとも俺の知る限り一店舗も残っていなかった。


「知らねえのかエイジ? スーパーカブは食用油でも走るんだぜ?」


 トオルは自慢げに胸を張って答える。やれやれだ。俺は呆れて、新しいタバコを咥え火を着けた。まあいいさ、こいつで事故を起こして死ぬ未来は見ていない。俺が見た夢は、エイテリウムが無くなり、世界が混乱に陥る未来だ。


「それで、エイジ。どこに行きゃいいんだ?」

「俺も知らねぇ。とりあえず、海でも見に行こうぜ」

「オッケェ。飛ばすぜ。しっかり捕まってろよ!」


 トオルがアクセルを強めるとスーパーカブがブロロンと心地よい音を立てて加速する。俺たちは綺麗な空気を汚すように排気ガスとタバコの煙を撒き散らしていく。人類最後の公害コンビが、世界を救う。そんな馬鹿げた夢想をしながら、一際大きな煙を吐いた。

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おもひでの宝石箱 くるる @yukinome_kururu

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