書評11.巨人の土俵に裸足で上がる

エンターテインメントほど、書くのが難しいと思います。

エンターテインメントは、その定義からして、「誰かを楽しませるためのもの」なので、期待される、ある一定の様式や水準というものがあるので、難しい。


この世の中には、「どうすれば読者を楽しませることができるか」、四六時中そのことを考えている人がいます。

そこで培われた、技法や定石があります。

それを成功させたいと思っている人がいます。

つまり単純に言って、そこには市場マーケットがあります。

エンターテインメントを書こうとすることは、その市場に参入しようとすることになると思います。


そういう、プロフェッショナルがひしめく市場に参入しようとすることは、非常に難しい。

よほど鍛えられた、完成度の高いものでなければ、比較してみたらやっぱり見劣りしてしまうでしょう。

エンターテインメントを書くことには、そういう厳しさがあると思います。



書評11.『電脳世界に、星は降る』 作者 コウジカビ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885303576


「こう書きたい!」という意志は伝わってくる。

「もしも、近未来都市で超能力者がサイバーセキュリティ会社をしていたら…、おもしろいっしょ!」ということだ。

それは、たしかに面白そうだと思う。


ただ、それを構成するテクニカルな部分で、あまりに多くの場面で読み手としての私がつまづいてしまったので、その面白さにまでたどり着けなかった。

それは才能やセンスというよりは、もっと単純に、下調べとか書き直しとか、そういう「手間」をかけているか否かという問題のように思えるから、惜しい。

(まぁそういう、「どこに手間をかけるべきか」ということに気づくか気づかないかがセンスだと言ってしまえば、そうなのかもしれないけれど)



『電脳世界に、星は降る』というこの小説では、プロローグを含む4つのエピソードが現在公開されている。

まずは最初のエピソードである「プロローグ 〜夜明け前の追走〜」という、この1話を読んだだけで、私がどれだけの箇所につまづいてしまったかを挙げてみる。


◆いきなり登場人物の固有名詞が多い

名前とキャラと位置関係を把握するのに、つまづいてしまった。

ロシア人の名前が頻出する『カラマーゾフの兄弟』を読んでも私はさほど混乱しなかったが、慣れ親しんだ日本人の名前が頻出するこのエピソード冒頭の車中の場面では、混乱してつまづいてしまった。


◆「ドローン」が「ドローン」に思えない。

ドローンって、当然に空を飛んでいるものだと思って読んでいたら、つまづいた。

「飛ばないドローン」って、定義上(ドローンの語源は「蜂」)ありえるのだろうか、と思って調べ始めてしまった。

結果的には、まれに「船」、さらにまれには「車」も指すことはあるようだということはわかった。


◆ドローンをハックするのにスマホ?

近未来の端末が、未だにスマホだということに、何というか少しがっかり。

サイバーパンク読む時には、やっぱりガジェットも楽しみたい。


◆解説パートの意味がわからない。

「ある意味、だったよ」から先の解説がわからない。

「ルートを限定できれば、人員は少なくて済むし、陣形だって整えやすい。

 要は、予期せぬ事態が起こったおかげで、確保の態勢が早く整ったってことさ」

⇒ 「予期せぬ事態」が起こる前の想定でそもそも住宅街から出ない想定(そしておそらく対象が住宅街から出ようとする想定)だったはず。

その中である程度、ルートもあらかじめ限定できていたはずだ。

少なくとも、いくつかのパターン程度には。

その上で、最後の段階まで来て、「次に右に曲るだろう」ってことがやっと分かった程度のことで人員の動きに大差が出るのだろうか。

「予期せぬ事態」で追加された要素って、むしろ「追いつけずに大通りに出てしまう可能性」が追加されただけだから、対処すべき可能性の幅は広がったんじゃないのかしら。

(しかも、別に追いつく必要もないからそれすら無関係で、捕獲対象は「予期せぬ事態」で、当初の予想より長い時間を住宅地内で過ごしているのだから、態勢を整える時間はむしろ長くなったのでは)

という具合に、つまづいてしまった。


◆なんで鳳(←「おおとり」と読むはず)だけ帰れないのかがわからない

こういう場合、普通は責任者が行くんじゃないか。

担当者である鳳から上司である葉山に詳細な報告を挙げて、それを元に責任者である葉山が出頭するのが、組織のあり方ではないかと思う。

情報集約しないと、組織間の連携、さらには組織内でも、連携とれなくなるんじゃないかと思う。

(ホラクラシー?いやいや。)



たった1話読んだだけで、上記のことが引っかかって気になってしまった。

(作者の意図がどこにあるかとは無関係に、引っかかってしまったということだ)

最後まで読んでも、そうなのだ。

(USBメモリでデータ持ち歩いて、PCに刺してプロジェクタで投影する?)


エンターテインメントほど、難しい。

「あぁ、サイバーパンクか」と思った時点で、「攻殻機動隊」や「ブレードランナー」「AKIRA」などの名前が浮かんでしまう。

というのはつまり、これらの作品に影響を受けたあらゆる作品と比べられるということだ。

(映画やアニメの名前ばかり浮かぶのは、おそらくこの『電脳世界に、星は降る』という小説が、アニメや漫画的展開に憧れているように感じられるからだろう)

基本的には自主作品のは、「それも一つの味」と思って楽しむ私なのだが、ジャンルもののエンターテインメントであるだけに、何かと引っかかってしまった。

ま、巨人たちにビビッていてもしょうがないから、「上等だ」と思ってやっていくしかないんですけどね。


ただ、サイバーSFと超能力という取り合わせは、最高に相性がいいと思う。

超能力というのは、「この世界をなんらかの手段でハックしている状態」だと解釈できるからだ。

「ハック」というこの一語に込められた意味や歴史に徹底的にこだわると、ますます面白くなっていくのではないかと思う。


書評11.『電脳世界に、星は降る』 作者 コウジカビ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885303576

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