書評2.ただ、そこにある作品

のちのちになって、何が心に残っているかというのは、わからないものです。

何気ない、ほんのちょっとした風景や言葉が、なぜかいつまで経っても、くり返し思い出されたりします。

子どものころに夢で見た景色を、いつまでも覚えていることもあります。


私は学生時代、よく自主映画を見ていました。

いろんな大学の映画祭のようなものに出かけては、学生がつくった自主映画を見ていました。

それらの映画が面白かったかと言えば、ほとんどの場合は面白くありません。

それどころか、全部面白くなかったような気もします。

別に面白くないのだけれど、それでも不思議と、いつまでも心に残ってしまっているものがあります。

あるシーン、ある映像、ある声、ある目つき。

そういったものを、なぜだかふと思い出すのです。

タイトルも、どこで見たのかも覚えていません。

セリフや、筋書きなども思い出せません。

ただ、破片というか、局所的な部分だけが、心に残ってしまっているのです。



書評② 『暗い海中で』 作者 西木 草成

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883303350

(↑このリンク、スマホのカクヨムアプリで読むとリンク飛べないですね)


「若い人間は魂が安定しないのじゃ」と目玉の親父が言っていた。

若い人間はこの世へのこだわりが少ない。

この『暗い海中で』という小説は、こだわりの少ない主人公について、こだわりの少ない文章で書いていく。

心に浮かんだことだけ、自分が思う作品に必要と思われることだけ、ポツポツと書いていく。

いくらか投げやりとも思える文体は、いかにも投げやりな主人公とシンクロする


何も提示しない。

何も回収しない。

ただ、そこにある作品。

不思議と、こういうのが心に残ってしまうのだ。


それらしい「小説の形」にすることはできるだろう。

過去を振り返って書く形にしたり、人から聞いた話として書く形にしたりして。

もっと掘り下げるべきこと、もっと固めるべき周辺情報もあるだろう。

ただ、そんなもの誰も望んでない。

少なくとも私は望んでないし、おそらく筆者も望んでいない。

そういうことを望むのは編集者だけ。

自分のための作品を書く自由は、誰にでもある。


わがままな人間は、大人が飛び越えない何かをふと飛び越えて、あやういところに行ってしまうかもしれない。

誰かにわかってもらうことだけが、作品ではない。

この世の中にまだ染まりきっていない、不安定な何かを、ふと思い出した。



書評② 『暗い海中で』 作者 西木 草成

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883303350



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