書評1.文字から香るパンクロック
「本の中に退屈なページがあってはならない」みたいなことを、たしかマーク・トウェインあたりが言っていたと思います。(きわめてうろ覚えの引用w)
人の手による「作品」は、ある特定の密度、色彩、味わい、肌触りで満ちていて、どのページをひらいても確かにその作品のテイストを持っています。
映画であれ音楽であれ本であれ、冒頭の数パーセントで、ほぼほぼ印象が決まります。
そしてその印象は、だいたい正しい。
特に駄作の場合、隠しきれない「駄作の匂い」というものがあって、「これは……! どうやらダメそうですね;;」、という印象が間違うことはほぼありません。
「神は細部に宿る」とか「細部が全体を決定する」とか言いますが、たぶんそんな感じです。
映画ならカットの構成だとか、役者の演技だとか、ロケーションだとか。
音楽ならミックスの耳障りだとか、各アレンジのバランスだとか、歌詞の語呂とか。そういう数秒の中に詰まった数えきれないところ。
そして小説の場合は文体だとか、句読点だとか、セリフの語尾とか、そういう数行の中に詰まった数えきれないところ。
そういう細部が、その作品に込められた何かを語りかけてきます。
おとといの晩、私は何やら思いついて「書評、書きます。」という自主企画を立てました。
そしたらまぁ、驚くほどの作品を投稿していただきまして(現時点で77作)、大変ありがたいことです。
しかしもちろん、そのすべてを読むことはできない。
なので、ひとまずテキt-にピックアップした作品の冒頭だけでも次々と読んでみたわけです。
なんとなく、細部から全体を嗅ぎ分ける「嗅覚」を働かせながら。
そうしていたら、ある一つの作品に、私は吸い寄せられていました。
書評① 『希望の街』 作者 鴉
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885342845
(「書評」では敬語を放棄します)
ある作品において手法と内容が一致している時、その作品は特別な説得力を持って我々に語りかけてくる。
たとえばパンクロックにおいては、単純な3コードの進行をひたすら大音量で鳴らしまくることが重要で、ミュージシャンとしての技術や鍛錬はあまり重要ではない。
その演奏と吐き捨てるような歌い方が、彼らが表現したい世界観や歌詞の内容と完全にマッチする。
パンクバンド(の一部)の演奏が下手くそなのは、それが彼らの来歴(低所得者層出身)を表現していると同時に、ロックバンドがやたらと技法に凝り始めた時代への反抗でもあるからだ。
時代に中指を立てる彼らの表現に、その演奏はピッタリと一致する。
この『希望の街』という小説では、しばしば日本語が破たんする。
誤字、助詞の誤り、前後のつながりの切断など、書きなぐられたようなその文章は、ある種の支離滅裂さを我々に提示する。
しかしその文章は、底知れない迫力を持っている。
書きなぐられたようでいながら、そのわりに風景だとか事実関係の描写が、妙に詳細で理屈が通っている。
その歪さが、主人公の置かれた状況と物語の主題に一致する。
無気力にどうでもよさそうに書いていながら、全体の構成やキャラクターの配置など、妙にバランスが取れているのも恐ろしい。
(つまりプロットをしっかり用意してから、本文を書く段階になっていきなり乱暴に書きなぐり始めたかのような違和感)
そしてこの、どこか人を不安にさせるような不穏な歪さが、主人公の見ている世界、生きている世界の姿なのだろうということに、やがて気づく。
この物語の主人公、源治は、その身にぬぐい去れない絶望をまとっている。
ロックという音楽は「不満」に基づいている。
パンクロックがその不満を最大限に表現する時、パンクロッカーたちは「音楽」という、そもそも彼らがおこなっている行為そのものへの破壊を表明した。
この『希望の街』という作品が、小説の構成要素そのものとも言える「文章」をないがしろにする時、小説における最大限とも言える反抗がひそかに込められているのを感じる。
(それはまさに「Never mind!!(知ったことか!)」という態度であり、これはもちろんセックス・ピストルズのアルバムタイトルだ)
そしてどんな反抗であれ、反抗というものの根っこにある「不満」の根を深く深く探索していくと、その根元には「出自への不満」がある。
勝手に産み落とされたこの世界に対する不満こそが、あらゆる反抗の根っこにある。
『希望の街』という小説では、自分の出自においてすでに絶望を刻印されている、源治という名の青年の生活が語られる。
その時に、日本語の破たんはその一つの表現として我々の心に迫る。
手も足も出ない絶望を運命づけられた生活をおくる者にとって、既存秩序への無視や反抗や破壊以外に、どんな希望があるというのだろう。
「言葉」とは、既存秩序そのものなのだ。
結果的に、この物語にはクライマックスが用意されており、その点でアンチクライマックスを貫いたパンクとは違う。(パンクはアンチクライマックスすぎて、さっさと自壊するか、転身するかした)
パンクからいきなり歌謡の世界に移ったような結末の是非について、意見は分かれるところだとは思う。
ただ、私としては、作者が「生きるためのロック」を書いたものとして受け取った。
絶望に身を任せるよりも、その上で生きることのほうが難しいのだ。
このラストは、そういうすべての人への、エールを込めたものだと思う。
いずれにしても、この匂い立つような「不満(この世界への不快感、と言ってもいい)」と「勝手にしやがれ!」な態度。
久しぶりに私はパンクが聞きたくなったのであった。(特にラモーンズ)
『希望の街』 作者 鴉
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