つばめ

三津凛

第1話

「つばめが戻って来てる」

窓辺に張り付きながら、千紗子が嬉しそうに声を上げた。

「あぁ、ほんとだ」

私も千紗子の見上げる方に目をやって呟く。

親鳥が餌を運んで来るたびに、ちちちと雛たちが騒ぐ。

「今年でこの子たちを見れるの、最後かもしれない」

そう言って、千紗子は静かにベットに腰を下ろす。

私はすっとぼけて、

「え?転院するの?」

千紗子を見る。

千紗子は失敗した福笑いみたいな顔つきになって、笑った。

「優しいね」

私はしばらく考えて言う。

「私、つばめが巣を作ってるの知らなかったな。もう3年もここにいるのに」

窓辺から下を見下ろすと、ちょうど車椅子を押す看護師がこちらに気付いてひらひらと手を振られる。

「私が気付いたのも、途中からよ」

少しだけ残念そうに千紗子が言う。

「ふうん」

私はパリッとしたベットに戻ると、掛け布団に脚を突っ込んだ。病院の中にいると、全てが曖昧になっていく。

日付も、曜日も、時間も。

そのうち自分が生きているのか、死んでしまったのかすら曖昧になってしまいそうで怖い。

それはちょうど、この硬くてパリッとした病院のシーツみたいに無機質で呼吸の感じられないのとよく似ている。

千紗子はずっとつばめが巣を作った辺りを眺めている。

私も、千紗子を真似て巣の辺りをじっと見てみる。柱に遮られてちっとも見えなかったけれど、なんとなく千紗子の気持ちが分かるような気もした。

誰に言われたでもなく、ただ静かに季節が巡って、それに応えるように新しい生命を産むためにつばめが戻ってくる。

「スパゲティて言うんだって」

千紗子の話しはいつも突拍子がない。

「なにが?」

自分の腕から伸びる点滴の管を辿るように見ながら千紗子が言う。

「延命治療とか、植物状態になってる人って、沢山の管に繋がれてるじゃない?あれのこと」

「へぇ」

複雑に伸びる管と、山盛りになったスパゲティを交互に思い浮かべる。

「そういえば」

私は全く別のことを思いついて呟いた。

「ブラックホールに人間が吸い込まれる時も、スパゲティみたいになるらしいよ。細切れになるみたいな」

「なにそれ」

千紗子がくの字に身体を折って笑う。

そしてふと寂しそうに目を細めてぽそりと呟いた。

「どうせ同じスパゲティになるなら、ブラックホールに吸い込まれる方がいいな」

「痛いのかな、それ」

「さあ」

千紗子は首を傾げてまた窓を見た。

ちちち、とつばめの雛が怒ったように鳴いた。

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つばめ 三津凛 @mitsurin12

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