第1話

窓の外が白らみはじめていた。


俺はいつの間にか、開いたままのパソコンの前で眠ってしまっていたようだ。


目覚まし時計が朝を知らせる相当前の事だった。


「……うぅ……さみぃ」


一つ小さく身震いをして、自分の寝床に入った。布団は主が不在だった為、ひんやりとしていて、温もりを欲していた俺の身体はまた一つ小さく震えた。


寝床に入って数分経ったが眠れない。布団の中は俺自身の熱で温もりはじめている。


時計の秒針が時を刻む音が耳障りで仕方がなかった。掛け布団にすっぽり頭まで埋まると、暗闇の中で目を閉じてみた。


暗闇の中でようやくやってきた睡魔に誘われるように、俺はある出来事を思い出していた。



あいつが俺の家族になった、あの日の事……。それは、ある休日の昼間の事だった。


「正義(せいぎ)。これが新しく家族になる 美咲さんと彰(あきら)くんだ。彰くんは正義と同じ歳だから同じ学年だな。彰くんは頭がいいから よく勉強教えてもらえ」


親父は無精髭だらけの顔で「ガハハ」と笑うと、洒落にならない強さで、俺の背中を叩いた。


俺の大切な……気持ちの良い休日の昼下がりに、親父は、なんの相談もなしに、その再婚相手と籍をいれた後、前触れもなく俺に紹介した訳だ。


信じられなかった。


母親が、長い闘病生活の後亡くなって、やっと一年経とうかという頃なのに……もう新しい女と結婚するなんて、納得いかない。


しかも、俺に黙って籍までいれて……。


そりゃもちろん、男二人の生活には嫌気がさしていた。炊事洗濯を自力で熟す能力を俺達は持っていなかった。


女手は必要だとは思う……。



だが、実の母親が亡くなって間もない俺にはとうてい受け入れられる訳がなかった。はっきり言って、親父を殴り倒してやりたいくらいだった。


しかし、俺は笑顔で彼らを迎えた。


自宅に居辛くなるのは面倒だ。


親父は一日の三分の一ほどしか自宅に居ない。それに比べて、この義理の母親になる女は、ほとんどずっと自宅に居る事になる訳だ。


ここで新しい母親との関係を険悪なものにするのは避けたい。


「これからよろしく。美咲さん。彰くん」


親父も、俺の反応に大満足の様子で、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。


「ふっ」


ふいに新たな兄弟が、馬鹿にしたように笑った。


「うそつき」


「え……」


「嘘臭いんだよ」


彰は、俺を蔑んだ目で見ていた。目で『情けない男』と馬鹿にされているようで腹が立つ。


「あ……彰くん……」


美咲さんが慌てて、ごまかそうと彰の腕を掴んだ。しかし、彰は気にせず続けた。


「嘘臭いって言ったんだよ。自分の意見も言えないつまらない人間」


「なっ……」


言い返そうとする俺の言葉は、彰の次の言葉に遮られた。


「仲良くする気はないくせに……。その笑顔を張り付けたみたいな偽笑顔は、気持ち悪いからやめなよね」


そう言い終わると、彰は俺の返答も待たずに自分に宛がわれた部屋へと上がって行ってしまった。


「……んだよ……」


口の中で呟くと、親父は「喧嘩するほど仲がいいってな」と笑う。


その隣で、美咲さんが苦笑していた。不愉快な状況に、もう苛立ちを隠せなかった。


俺は、大きな足音を響かせながら階段を上がると、自分の部屋に戻り、力任せにドアをしめた。


『バタバタと階段を駆け上がり、ドアを力任せに閉める事』



それが、その時の俺に出来る最大限の反抗だった。



情けない事に俺は誰かに怒りをぶつけたり、その気持ちのままに暴れたりした事がない。



それは病弱な母に心配をかけない為であったし。


面倒臭い親父にあれこれ言われたくなかった為であったし。


自分の立場を守る為でもあった。


幼い頃から身についた習性を覆す事は、なかなか出来たものではない。


だから……これはその時の俺にできる最大限の親父への反抗だったのだ。


今、思い出しても腹がたつ。


あれから一ヶ月。


まるで始めから家族であったかのように俺たちは……少なくとも俺は、家族の『ふり』をしていた。


数ヶ月早く生まれた俺が兄貴、彰が弟として……。


そのストレスのせいだろうか。最近、あまり眠れない。終始おもしろくない。


俺はイライラしながら、ようやく眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイバーサバイブ 誇枝 @koedakaori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ