第24話 好きなままでいい人


 現状打破。

「俺、後藤が」 

 俺が嘘をつかないと決めた以上、この話の流れで察しない後藤ではない。その目に一瞬で緊張の色が走った。

 いろんな後藤の表情、さっきまで笑っていたのに。

 今、とても強張ってしまっている。

 お互いの目を数秒間探り合った。


 何もかも変わってしまう。

 俺を投げ飛ばす寸前に目が合って、石原が感じた絶望のようなもの。

 もう二度と戻れないのだ。

 決死の覚悟で俺に告白してきた女の子たち。

 …石原。

 石原はあのとき俺に最後のキスをした。


 けれども俺は、そこまで大胆にはなれないし、何もかも終わりだとも思えない。

 始まりだ。

 まだ開けてない缶コーヒーを床に置いて立ち上がった。

 後藤の表情が怯えた。そんな顔をさせている自分が、ムカつくなぁ。

「ごめん」

 掠れた声が出た。

 ベッドに腰かけたままの後藤に近付いて、かがんだ姿勢でゆるく抱きしめた。

「後藤が好きで」

 腕の中の後藤は硬直している。

「一緒に居たい」


 最初の返事はノーでいい。


 しばらくそのままでいたが、後藤のあまりの硬直ぶりに身体を離す。

 固まり過ぎだろ。

 俺、怖いのかな。

 いろんなことを考えながら、後藤の両肩に手を置いてじっと見つめた。

 後藤の視線、一瞬俺を捉えたあと、揺れた。

「ぁ…」

 唇は微かに動いているが、何を言っているか分からない。

「俺じゃ、駄目か」

 そう訊いたら、後藤が大きな深呼吸をして、頷いた。

「…はい」

「他に好きな人がいるから?」

「…はい、いえ」

 後藤が俯く。

「考えてなかった。俺、好きになるのは基本女子だし、石原さんは特別で」

「うん」

「佐々木さん、この前恋愛感情否定してたし」

「うん。嘘。ごめん」

「マジ、考えてなかった」

「うん」

 後藤がため息をついたタイミングで、俺は後藤の肩に置いていた手も下ろした。

 触れていた部分が離れる。

 前に後藤の言った通り、もう二度と触れることが無いんじゃないかと思う。

 でも、仕方が無い。俺が触れていることが緊張なら、離れた方がいい。

「俺は、後藤と居るのが楽しい。出かけたりしたのも楽しかったし、今朝会えたのも実は嬉しかったし、今もお前が目の前にいて」

 深呼吸。

「後藤は…俺と居ても、つまらないか」

 好き。石原のことで辛そうなのを見るのは辛いけど、そういうのも含めて全部。 そういう気持ちで答えを待っていたら、後藤が、笑った。

「困った人だな」

「ん?」

「その訊き方はずるい。佐々木さんと居るの、楽しいに決まってるし」

 あ、そうなんだ。

「でも、それとこれとは違うじゃん。佐々木さんがいい先輩で楽しいっていうのと、恋愛しようっていうのは」

 ま、そこだな。

「でも、完全無理でも無いだろ」

 楽しいに決まってると言ったし。

「もう…なんでそんな初手からガンガンに攻めてくるの」

「そうか?」

「普通、告って駄目っぽかったらもっと控えめになるんじゃ」

「駄目っぽいとか、嫌だ。明日も後藤と遊びに行きたい」

「は?」

「予定ないだろ、どっか行こう」

「え?佐々木さん」

「エッシャーの二回目でも良いし、後藤の行きたいところどこでも良いから、ついていくから」

「何言ってんの」

「黙れって言うなら黙るし、帰れって言うなら帰るけど」

「…本気で言ってる?」

「うん。後藤に自分の売り込み中」

「よくそんなので今まで」

「今までってのは無い。自分から告白するのは初めてだし」

 その言葉で、後藤が絶句した。

「…なんだ、そのモテる奴みたいな発言!」

「そんなつもりで言ったわけでは」

 後藤の顔が、赤くなってきた。怒ったのか。

 まさか照れたのか。

「好感度下がる」

「後藤の好感度が下がらなければ」

「下がったよ!」

「じゃあ下がってもいい。会ってくれれば」

「会わねぇ」

「石原のこと、好きなままでいいから」

「はぁ?よくそんなことが」

「いつか俺のこと好きになってくれればいいから」

「もう、黙れ」

「今日みたいに仕事じゃない時に会いたい」

「お前、帰れよ」

 あ、出た。帰れ。

「…うん」

 今日は、帰ろう。

「明日朝迎えに来る。ばっちり場所分かったし」

 そう言ったら、後藤がギロリと俺を睨んだ。

「サイッテーだな!」

「後藤が家に呼んだんだろ」

「…お前がそういう変態だと知ってたら呼ばねぇよ!」

「残念だったな」

 ドアノブに手をかけた。

「じゃあまた明日」

「来るな来るな来るな」

 焦っている後藤の顔がめちゃくちゃ可愛く見えて、もう一度抱きしめたいけど自重。俺が焦っても仕方が無い。


 階段を降りて、ダイニングに居る二人に挨拶をした。

「ご馳走さまでした。美味しかったです。帰ります」

「あら。もう?」

「文昭は?」

「いえ、大丈夫です」

 お母さんが、後藤の名を呼んでいる。

 二人に見送られて玄関で靴を履いていたら、後藤が階段を降りてきた。

「じゃ」

「駅まで送ります」

 おや。

 挨拶をしながら、二人で家を出た。


「駅までグルグル遠回りして、家の場所分かんなくしてやる」

 いやいや、駅まで五分。もう覚えているよ。

「明日、どこ行こうか」

「行きません」

「…今から、どっか行くか」

「行きません」

「俺んち、来る?」

「アンタねぇ」

「後藤、俺をあんまり暗い道へ連れて行くなよ。俺にだって理性の限界ってもんがある」

 睨まれた。全然怖くないのがツボだ。

 なんなら可愛い。

「早く身体鍛えて俺のことブッ飛ばすんだぞ」

 そう言ったら、後藤が大きなため息をついた。

「無理って分かって言ってるんでしょ」

「うん」

「サイテーだ、アンタ最悪だ」

 俺のこと、強烈に印象付けて石原を忘れてもらいたい。…まあ、それを口に出したりはしないが。


『…好きになってしまって…』

 後藤が、以前石原のことをそんなふうに言っていた。

 今、俺がそんな気持ちがしている。

 なってしまって、っていう、そういう感じが。

 後藤はそれでとにかく石原に近付こうともがいている。

 俺も、これから、そうする。

 やり方はそれぞれだが。


 駅の場所を忘れさせようと後藤が夜の田舎町をぐるぐる歩く。ずっと悪態をつきながら。  

 俺は、ただそれを、散歩デートだと思っている。





 



 

 

 

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困った人 石井 至 @rk5

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