第23話 どうしても話題に出てくる人
「ぅッ!」
廊下からダイニングへ進む時に、上の間仕切りに気づかずに思いっきり頭をぶつけた。
「え?マジ?」
後藤が笑った。
「大丈夫ですか!?」
優美さんが慌てて駆け寄ってきた。
…なにもかも、後藤が俺の腕を掴んで離さなかったせいだ。
掴まれた腕に意識が集中し過ぎて、自分の身長のことを忘れていたのだ。
「あ、大丈夫、大丈夫です。よくあります。すみません」
ちょっと、痛い。
今日は身体のあちこちが痛む。
後藤に似た、地味目のお母さんが晩御飯をご馳走してくれた。地味とは言ったが、綺麗な方だった。お姉さんも美人だし、後藤は実は顔が整っているんだなと思う。特徴がないということは、ある意味美しいということなのか。
隣に座っている後藤を見た。
普通。
スーツが引き締まって見えて似合うと以前思った気がするが、私服は私服で似合っているし…いいな、と思った。
好きになったらなんでも良く見えるものなのか。
例のレモンはサラダのドレッシングに入っていた。
「お母さん、料理上手ですね。ドレッシングって、俺、売ってるのしか使ったこと無いです」
「ありがとう。褒めてもらえるとやる気が出るわ」
ハンバーグも美味い。いかにも『家庭で作る』感じで、そこがまた。
「今日は急に押しかけてすみません」
「どうせ文昭が無理言ったんでしょ」
「わがままなんだから」
お母さんと優美さんに責め立てられる後藤。
「元々、佐々木さんと会う予定だったんだよ。親父いないし、丁度いいじゃん」
その頬はふくれっ面なのか、ハンバーグを頬張り過ぎなのか。
会う予定、って言葉にも反応してしまう。『気が向いたら』とは言っていたが、あれから『会おう』と思って、『予定』の認識でいてくれたのかと思うと嬉しい。
チラッと横目で見たら、目が合った。後藤が俺の目をじっと見て言う。
「ねえ?」
ねえって言われても。
「佐々木さん、困ってるでしょ」
優美さん正解。
俺、今ちょっと顔が熱いんだが、赤くなっていないだろうか。
確かに会いたい、会ってくれと強引にお願いしたのは俺の方だが、何故このタイミングで、しかも仕事が休みの日に、後藤の家でお母さんとお姉さんとメシを食っているのか。
変な状況過ぎる、とは思う。が、それよりもとにかく後藤の『弟』というか『末っ子』な部分が全開の状況で、それを間近で見られるのが嬉しくて、心のニヤニヤが治まらない。
実は、後藤が以前『姉貴どうですか?』と言っていたので、そっち面の警戒心もあったのだが、そういう空気でも無かった。
食事が終わると、後藤が俺を誘ってきた。
「佐々木さん、部屋来ます?」
えっ!
いいのか!?
…いいのか。男同士だもんな。後藤は全然意識してないもんな。落ち着け、俺。
二階へ上がる。もう一つ頭を打ちそうな場所があったが、後藤が気をつけて、と声をかけてくれた。
「佐々木さん、大きいから」
「いや、うちの実家も似たような感じだったが、忘れていた」
さっきはお前が腕を掴んでいてドキドキしていたから、とは言えない。
「お母さん、ほんとに料理上手だな。後藤が一人暮らししないのも分かる」
「へへへ」
へへへ、じゃないよ。全く。
「ふみあき、って呼ばれてるのな」
「え?ああ、家族には」
俺も呼びたい。
「友達はだいたい『ぶんちゃん』って呼びますよ。文昭の文で」
ぶんちゃん、も似合う。
「文鳥みたい」
「それは初めて言われました」
「でも…やっぱ『ふみあき』の方がいいな」
「そうですか?」
「うん、響きが」
廊下の奥に通された。後藤の部屋は、想像以上に片付いていた。よく考えたら、別にキッチンやダイニングは普通の家のようだったから、片付け魔は後藤だけらしい。
窓際にベッド、奥に机。壁にロールスクリーン。これらは白で統一されている。手前に大きな丸いクッションが一つあるのと、カーテンは青。部屋は、この二色でだいたいまとめられている。
きょろきょろしていたら、あんま見ないで下さいよ、と後藤が言った。
「ああ、ごめん」
「そこ、座ってください」
クッションを勧められた。これ、座る用なのか?
なんとなく、クッションの横に座ってもたれた。後藤がベッドに腰かける。後藤の方が立場が上のポジショニング。まあ…心理的には後藤の方が立場が上だからいいや。
「で、話は石原さんのことですか」
「え?」
「会いたいって言ったのは、昨夜の説明?俺、別にいいですよ。聞いてどうなるもんでもなし」
そうか、そもそも会いたいって言った理由を忘れていた。
浮かれすぎてしまってたな。
後藤が立ち上がって、部屋の隅の小さい冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、一本くれた。
「それとも、俺が石原さんちの鍵を持ってる件ですか」
「え、鍵?」
驚いて、ちょっと大きな声が出た。鍵、持ってるってどういうことだ。
「あれ?聞いてませんでした?毎週片付けに行くのに、鍵渡されてて」
「あ、合鍵?」
思わず言ったら、後藤がちょっと照れたような顔をした。
「まあ…石原さんはそんな風には思ってないでしょうけど」
嬉しそう。
その嬉しそうな表情に気持ちが沈む。
いやいや、今朝はっきり『付き合ってない』と言っていた。家政夫的ポジションなのは分かっている。落ち着くんだ。
「じゃあ、毎週土曜日は掃除?」
「ええ、まあ」
にこにこしている。
「良かったな」
嬉しそうなその表情を見ると、もう、それしか言えなかった。
会いたいと言った理由は、想いを伝えたかったからだ。けど、よく考えたら自分から告白をしたことがない。どうやって切り出すのだろうか。『好きだ』とかなんとかいきなり言うのだろうか。違うのか。いや、多分思ったことを言えばいいだろう。そこは悩まなくてもいい。
しかし、意識しだしたとたん急に、今、二人きりの空間であることに気付いた。
もし好きだと言ったとして…言った後、困るぞ、これ。部屋で二人きりはまずい。外のほうがいいんじゃないか。
考え始めると、とても今ここで告白などできないという気持ちになってきた。
俺がそうやってモヤモヤしていて話さないでいると、何故か後藤が笑った気配がした。
「ほんとに佐々木さんって、よく分からない」
「…?」
「俺の予想、全部外れる」
「予想?」
「…なんで今朝俺に『会えないか?』って言ったんだろうって、ずっと考えてて。思ったことは言ったけど違うみたいだし。…何だったんですか?」
え?
告ろうと思って。
って、言えないな。
言えないけど、変な嘘はつきたくないな。
「…会いたかったから」
そう、言ってみた。
後藤が目を丸くする。
「え?あの時、会ってたのに?」
確かにそうだけど。
「石原のいないとこで会いたかった」
本心を言って、すごく虚しくなってきて俯いた。
好きって言えないのってつらいな。
好きって、相手に伝わっていないのって、不自由だな。
やっぱ言おう。
「俺、後藤が」
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