1-4.こたえあわせ


 キリンは、猛スピードでロッジに向かって駆け戻り始めた。その後に、かばんたちもついて行った。


「ねえ、待ってよキリン!どうしたの!?」


サーバルが、走りながらキリンに向かって叫ぶ。でも、キリンはとにかくロッジに戻ることだけを考えていて、サーバルの声には耳を貸さなかった。

キリン達があまりにも慌ただしく玄関の扉を開けてロッジに帰って来たので、アリツカゲラはびっくりした。


「どうしたんですか皆さん、そんなに慌てて」

「わかったのよアリツさん!怪傑ワオンの居場所が!!」

「ええっ!?い、一体何処に!?」


キリンは、荒れた呼吸を整えるために大きく深呼吸をすると、ゆっくりと、噛みしめるように言った。


「この、ロッジの中よ」


アリツカゲラは、また、びっくりした。サーバルも、驚いている。


「ええっ、でも、展望台には何もなかったじゃない!」


サーバルが、キリンに言った。


「そりゃ、盗んだ物と一緒に隠れるのに、あんな広くて見晴らしの良いところに隠れたりなんかしないわよ。このロッジの、あそこ以外の何処か、ってわけ」


キリンは、暗号の紙を手に持ちながら、自分の推理を話し始めた。


「さっき、私がこの紙に描かれた暗号を勘違いして、『とうだい』を見に行った時に、ワシミミズクが言ってた……ええと、ことわざ?だっけ。それを聞いてピンと来たのよ」


そう言うとキリンは、机の上に紙を置いた。


「この絵に描かれた塔は『とうだい』。で、絵の下の方は黒く塗りつぶされてる。ワシミミズクの話によれば、『とうだい』って言うのは、遠くに向かって眩しい光を出すけど、近くは真っ暗。だから、近くに何があるかは、全然見えない。この絵はきっと、それを描いたものよ。『とうだい』の麓は真っ暗なのを、身近な物事に気付きにくい、って事の例えにしたっていうその……ことわざ。えっと……」

「『とうだいもとくらし』ですか」

「そうそう!それよ!で、あの怪傑ワオンとか言うふざけた犯人は、私に対して、自分の居場所を突き止めさせる挑戦をしてきた。それを聞いて、私はすっかり、あいつが何処か遠いところに逃げたと思っていたわ。でも、それはあいつの仕掛けた罠。実際はその逆で、この暗号がその『とうだいもとくらし』を言ってるとすれば、あいつの隠れてる場所は、身近な場所と言うことになる。つまり、私にとって身近で気付きにくい場所って言うのは、私が今暮らしている、このロッジの中しかないってわけ」


かばんと、アリツカゲラと助手は、思わず黙り込んだ。キリンは、見事に自分たちの出したヒントを基に推理を組み立てて、暗号を解読している。

でも、この推理にはまだ、穴があった。


「あの、キリンさん」


アリツカゲラが、手を挙げた。


「何かしら、アリツさん」

「一番最初にキリンさんが気にした、この印の事は、どう説明するんです?」


確かに。暗号に描かれた灯台の上の方に付けられている謎の印の意味について、キリンはまだ触れようとしていなかった。ロッジの中に怪傑ワオンがまだ隠れていると言っても、肝心のその場所が、まだわからない。

アリツカゲラの質問に、キリンは、少し黙った。でも、それから、ちっとも動揺する事なく、アリツカゲラに言った。


「それも、わかってるわ」


キリンは、暗号に描かれた灯台を指した。


「初めに遠くから見た『とうだい』と、この暗号に描かれた『とうだい』の形。今、自分の頭の中で照らし合わせてみたら、よく似てることに気付いたの。で、最初に『とうだい』の前に来た時、中にあいつが隠れてるって思って、ドアをドンドン叩いたんだけど、凄く硬かったし、鈍い音がした。ワシミミズクは、『とうだい』は光るって言ってたけど、これじゃ光なんて通せそうにない。けど……」


そこまで言うと、キリンは、今度は印の描かれている部分の少し下を指さした。


「この絵でいうこの部分だけ、見た目が違ってた。窓みたいになってるの。つまり、明かりが出るのは多分、ここからね」


それから、キリンはその上の、例の印の描かれた部分を指さした。


「で、その上には屋根がある。で、この印が描かれているのは、屋根の内側。つまり……」


キリンは、真っ直ぐアリツカゲラの方を見て言った。


「多分、あいつは屋根裏部屋に隠れてるわ」


アリツカゲラは、息を呑んだ。


「アリツさん、このロッジで屋根裏部屋があるところって言うと何処があったかしらね」

「今日かばんさんとサーバルさんの二人がお泊りになるお部屋と、あとは……私のお部屋くらいです」


アリツカゲラの言葉に、キリンは思わず目を丸くした。さっき、自分はアリツカゲラの部屋に行って、パーティー用の飾りを探して回ったが、それらしき部屋は見当たらなかった。


「アリツさんの部屋に、屋根裏部屋なんかあったの?」

「ありますよ、大事なものをしまっておいたり、あとは……あそこにいると落ち着くので、あそこで寝ていますから。私にとってのお部屋って言うのは、むしろその屋根裏部屋の方です」


それを聞いて、キリンは唖然とした。つまり、アリツカゲラが、飾りを置いている自分の部屋と言っていたのは、屋根裏部屋の事だったのだ。でも、キリンはまだ、不思議に思っていた。何故、自分はアリツカゲラの、屋根裏部屋を見つけられなかったのだろう。


「……あ、そうだキリンさん、キリンさんがなんで私のお部屋を見つけられなかったのか、わかりましたよ。私のお部屋に行くためのハシゴなんですけどね、外してあるんです」

「えっ?」


キリンはびっくりした。普通、高い所に上るには、階段や梯子を上る必要がある。


「キリンさん、私が鳥のフレンズって事、忘れてません?」

「あ、そうか。アリツカゲラさんは、飛べるから、ハシゴがなくても屋根裏部屋に行けるんですね」

「そうそう、そうなんですよ。で、なんかこう、そうして入らないと落ち着かないというか」


かばんとアリツカゲラが二人でそう話すのを聞いて、キリンは思わず目を見開いた。アリツカゲラは確かに鳥のフレンズだ。そのことはキリンも知っていた。でも、飛んでいるところはほとんど見たことがなかった。キリンにとっては、それが当たり前のことだったので、鳥のフレンズだとわかっていても、つい、彼女が飛べる事を忘れてしまっていた。そこまで考えた時、キリンの頭の中に、一つの言葉がよぎった。


「『とうだいもとくらし』……!まさか、そういう意味!?」


キリンは一目散に、アリツカゲラの部屋に続く部屋に駆け込んだ。天井を見上げると、確かに、屋根裏部屋へ続く四角い穴が空いている。普通は、ここに入るためには梯子が掛けられているのだが、飛ぶことができる鳥のフレンズのアリツカゲラには必要がなかったので、取り外されていた。アリツカゲラの言う通り、キリンが屋根裏部屋の存在に気付かなかったのは、そのせいだった。

キリンの後に続いて、アリツカゲラ達も、部屋の中に入ってきた。キリンは、屋根裏部屋に続く穴を見て言った。


「隠れてても無駄よ、さあ、出て来なさい!」


すると、穴からは、見覚えのある姿の影が飛び降りて来た。その影はゆっくりと起き上がり、キリンを見て不敵に笑った。間違いなく、怪傑ワオン、本人だった。


「さすが名探偵。よくここがわかったね」

「なーにが縄張りよ。人の家に隠れてるだけじゃない」


不敵に笑いながら言うオオカミに、キリンは呆れたように言った。


「誰かを騙したり、嘘をつくのは泥棒の得意技だからね」

「『とうだいもとくらし』ね。初めにここに入った時は、あんたが隠れられるような場所があるなんて全然気付かなかったわ」

「なるほど、私の作った暗号の意味も、どうやらしっかりと理解してくれたようだ」

「私にとって身近な場所で、この絵の印通りの意味の屋根裏部屋で、なおかつ、飛べない私が気付かないような場所。それは、入るためにはハシゴを使うしかない私が、ハシゴがないせいで入ることができない、アリツさんの屋根裏部屋。そう言う事ね」

「ご名答」


オオカミは、キリンに拍手をした。


「どうやら、君の勝ちのようだ」


オオカミは、そう言って手を差し伸べたが、キリンは応えようとしない。


「悪い奴に握手なんかしないわ。それよりも、さっさと盗んだ物を返してもらえる?」

「ツレないな。まあ、約束は守ろう。管理人さん、キミの大事なジャパリまんはキミのお部屋にしまってあるよ」


アリツカゲラは、急いで『部屋』の中を確認しに行った。それから、穴から顔を覗かせて一言言った。


「ありました!無事です!本物です!」

「よかった!コレでパーティーできるね!」


サーバルが、胸をなでおろして言った。


「さて、それじゃあ私はこの場を去るとしよう」

「待ちなさいよ、そうは行かないわ。窃盗事件の現行犯として捕まえてやる」


逃げようとするオオカミの前に、キリンが立ちふさがった。


「それに、いきなり高い所に現れたと思ったら消えたり、私が入れないような所に入り込める。怪しすぎるわ。捕まえたら、あんたの正体も暴いてやる」


オオカミは、大真面目な顔でそう言うキリンの姿が可笑しくてたまらなかった。せっかく事件は解けても、肝心の怪傑ワオンの正体がオオカミであることは、相変わらず気づけていないようだった。

でも、今までとは違って、探偵として成長したキリンの姿を見て、ここで自分が正体を明かしてしまうことで、友達の夢を壊したくはないと思った。


「……キミとは、もっと遊んでみたいな」


そう言うと、オオカミはまた、懐から球を取り出して床に投げつけた。またしても白い煙が溢れ出し、辺りが真っ白になった。煙が無くなる頃には、やはり、怪傑ワオンの姿は消えていた。



 キリンは、怪傑ワオンを取り逃がした事を、初めは悔しがっていたが、すぐに気を取り直した。


「アイツがいなくなる間際に言った言葉。それを思い出したら、なんか、また会う気がしたから。だから、その時こそ捕まえてやるの。名探偵の名に懸けて、ね」


それから、みんなは遅れていたパーティーの準備を再開した。大急ぎでみんなで協力して準備をしたので、あっという間にロッジの中は飾り付けられ、たくさんのジャパリまんと、かばんの作った料理が、テーブルに並べられた。間も無くして、参加者のフレンズ達が次々に集まり、残るはオオカミだけになった。

そして、玄関のドアがゆっくりと開いた。ギロギロの新しい本をたくさん抱えたオオカミが、博士と共にそこに立っていた。みんなが、拍手で出迎えた。


「先生!ギロギロ二十作達成、おめでとうございます!」


キリンが、オオカミに花束を持って駆け寄った。


「私が探偵を目指そうと思ったのも、先生と、ギロギロのお陰です!これからも、ドキドキする面白いお話、いっぱい描いてください!」


オオカミは、キリンから花束を受け取った。彼女は、キリンにありがとうと言おうとしたが、キリンは、それを言わせなかった。


「それでですね、先生!先生が博士のところに行ってる間に凄いことがあったんですよ!もう私、探偵として本気も本気で頑張りました!聞いてくださいよ!」


それから、キリンは今日あった事件の話を、初めから最後まで、何一つ欠かすことなく、オオカミに聞かせた。でも、オオカミは全部、知っていた。キリンが解いた事件も全て、自分と、自分の作品を応援してくれる彼女へのプレゼントの為に、自分で書いた物語に過ぎないからだ。

でも、オオカミは、その話を今初めて聞くかのように、キリンの話を聞いた。感情豊かに楽しそうに、時には悔しそうに話す友達の姿を、今はただ、見ていたかった。

キリンの今日の出来事の話は、夜まで続いた。こうして、突如として現れて姿を消した謎の怪人、怪傑ワオンの噂は、パーク中に知れ渡る事になった。



 その日の夜遅く、オオカミの部屋に、アリツカゲラがやって来た。


「キリンは?」

「寝ましたよ。だいぶお疲れだったみたいですね。でも、すごく幸せそうでした」


それを聞いて、オオカミは深くため息をついた。何だか急に、全身の力が抜けたようだった。


「オオカミさんも、お疲れ様でした」

「ありがとう。アリツさんは全然疲れてなさそうだね」

「とんでもない。凄く緊張したんですよ。私、被害者役でしたけど、言ってしまえば先生の、いえ、怪傑ワオンさんの共犯者みたいなものですからね」

「けど、いい演技だったよ」

「オオカミさんこそ、ノリノリで楽しそうで。博士たちの言う通り、お話でよく悪者になるだけはありますね」


アリツカゲラに言われて、オオカミは、少し恥ずかしそうに笑った。でも、確かに、楽しかった。


「それにしても、大変だったんじゃないですか?キリンさんのために、事件とか暗号の中身考えるの」

「まあね。自分の描く漫画なら思ったように描けばその通り動いてくれるけど、フレンズとなるとそうもいかないからね」


オオカミは、暗号の紙を見ながら言った。それから、紙の裏に、サラサラと、素早く鉛筆を走らせて絵を描いた。首の長い、四本足の動物の絵だ。


「博士に聞いたんだ。動物だったころのキリンというのは、身体が大きくて、凄く首が長い動物だったんだってさ」


オオカミは、鉛筆を器用にくるくる回しながら、博士が見せてくれた動物図鑑に載っていたキリンの絵を思い出しながら言った。


「それで思ったんだ。首が長いと、遠くは良く見えるけど、足元は良く見えないんじゃないか、ってね。それがあの子の探偵としての弱点に関係あるんじゃないかとも思った」

「それで、その暗号を?」


暗号の紙を指して言うアリツカゲラに、オオカミは頷いた。オオカミと博士と助手は、フレンズの特徴は、元の動物の特徴から、見た目だったり、得意な事だったり、性格だったりと、色々な形で受け継がれるという事に目をつけて、今回の計画を立てたのだった。キリンは、首が長くて足元が良く見えない。だから、ちょっと探したり考えればわかる事にもなかなか気づかないし、足元をすくわれたりもする。オオカミは、そう考えたのだった。


「キリンにどうやって事件を解かせるかって事について考えるってなった時は、博士達に随分と助けられたよ。それから、その暗号を解く為に、うまくキリンに意味を考えさせるように仕向けられたのも、かばんとアリツさんの協力があってこそだった。サーバルが何かしてたら、どうなるかわからなかったけどね」


そう言うとオオカミは、苦笑いした。そして、大きく欠伸をすると、ベッドに勢いよく倒れこんだ。


「楽しかったな……」


オオカミは一言そう呟くと、目を瞑った。アリツカゲラはその様子を見て微笑むと、静かに、オオカミの部屋を出て行った。



                おしまい















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