1-2.じけん
それから数日後、『ホラー探偵ギロギロ』の最新の本が出来上がる約束の日になったので、オオカミは図書館へ出かけていった。オオカミを見送るキリンの目は、いつにも増して輝いていた。早く、オオカミが持ち帰ってくるギロギロの新しい話を読みたかった。
「さて、キリンさん。ちょっとお手伝いをして貰えませんか」
アリツカゲラが、後ろからキリンに声を掛けた。
「お手伝いって?」
「オオカミさんが帰ってくるまでに、ロッジを飾り付けて、美味しいお食事を用意するんです。ギロギロの二十作目発表記念のパーティーをするんですよ」
それを聞いて、キリンはわくわくした。
「そうだった!ギロギロは今度の話で二十作目!それはファンとしてお祝いしなきゃいけないわ!何をすればいいかしら?」
「私の部屋の中に、飾りが入った箱が用意してあるので、それを持って入口からラウンジまでを飾り付けていって欲しいんです」
「わかった!」
そう言うとキリンは、アリツカゲラの部屋に向かって駆けて行った。それから間も無くして、入口のドアが開いた。
「こんにちは」
ドアの開いた先には、かばんとサーバルが立っていた。
「かばんさんにサーバルさん!来て頂いてありがとうございます!」
「いえ、オオカミさんの為に料理を作って欲しいなんて、僕にどこまで出来るかわからないですけど、でも、おめでたい事なら、お祝いしなきゃと思って。今日はよろしくお願いします」
「私も、オオカミの為にかばんちゃんの料理のお手伝い頑張るよ!」
サーバルが、張り切って言った。
アリツカゲラは、二人をキッチンに案内した。その頃、キリンはアリツカゲラの部屋の中を探していたが、なかなか飾りの入った箱を見つけられずにいた。
「アリツさんったら一体何処に置いたのよ……そんな箱全然見つからないじゃない」
キリンは、棚の中からベッドの下までくまなく探したが、それでも見つからなかった。
その時だ。何処かから、誰かの叫び声が聞こえた。
「今のは……悲鳴!?」
キリンは大急ぎで、声のした方へ向けて走り出した。
悲鳴の出所は、ラウンジだった。アリツカゲラが、床に膝をついている。彼女の悲鳴を聞いて、かばんとサーバルも駆けつけて来た。
「アリツさん!どうしたの!」
キリンが、アリツカゲラに駆け寄った。彼女は、震える手で、目の前のテーブルの上を指さした。
「ジャパリまんが……今日のために用意しておいた特製ジャパリまんがなくなってるんです!」
「なんですって!?」
「そんな!どうして!?」
キリンとサーバルは、ビックリした。でも、かばんは今ひとつ、ピンとこなかった。ただ、その無くなったジャパリまんが特別なものであることはわかった。
「なかなか手に入らない物だから……今日のパーティーの為に……ギロギロファンの近所のフレンズの皆さんを回って歩いて、お礼にパーティーに招待する代わりに、頼みに頼んで頂いてきたものなのに……一体誰がこんな事を……」
キリンは、サーバルを見た。サーバルは、動揺した。
「私じゃないよ!私、今ここに来るまでずっとかばんちゃんのお手伝いしてたもん!」
「でも、あなたには前科があるじゃない」
キリンは、前にサーバルがロッジに泊まった時に、彼女が夜な夜な起きてはジャパリまんをつまみ食いをしていた事を憶えていた。
でも、今回の事については、ずっと一緒にいたかばんと、二人をキッチンに案内した後に、ラウンジに辿り着いてジャパリまんがなくなっていた事を確認したアリツカゲラが証人になったので、サーバルが無実である事は明らかだった。
キリンは、ラウンジの中を見て回ったが、特に怪しいところはなかった。ただ、ジャパリまんだけが、忽然と姿を消している。探偵として、自分が探偵を目指すきっかけを作ってくれたオオカミへのお祝いの為に、何としてでも、自分が犯人を捕まえなくちゃいけない。キリンがそう思った、その時だった。
「フフフフ……ハハハハハ……!」
何処からともなく、不敵に笑う声がした。
「外からだよ!裏の方!」
サーバルが、声のする方へ向かって走り出した。キリン達も、その後へ続いた。
間も無く四人は、ロッジの敷地に高くそびえ立っている展望台の麓に辿り着いた。
「あそこに誰かいます!」
かばんが、展望台の上に見える影を指さした。四人は慌ただしく上へと続く階段を駆け上ると、あっという間に頂上に辿り着いた。
「フフフ……実に良いものだね、大事にしていたものが目の前から消えて驚き慌てるフレンズの顔というものは。ゾクゾクする」
目の前に立つ怪しい影が、四人に背中を向けながらそう言った。
「あなたが、アリツさんが大事に取っておいてたジャパリまんを盗んだ犯人ね!」
キリンが、影に向かって指をさして言った。しかし、犯人は焦る様子なんてちっともなく、ただ、不敵に笑いながらそこに立っている。
「フフフ、ご名答。その通りさ」
キリンは、この得体の知れない犯人の態度が、気に食わなかった。
「それでいて逃げ隠れもしないでわざわざ捕まりに来るなんて、随分と舐めた真似をしてくれるわね、この名探偵アミメキリンに対して!」
「舐めた真似?とんでもない。私はキミに敬意を表するつもりで、こうしてキミの前に姿を現したのさ。このジャパリパークが誇る名探偵である、キミにね……」
そう言うと、犯人は勢いよく、キリンの方へ振り返り、その姿を露わにした。
「私の名は怪傑ワオン!キミのお友達の大切なジャパリまんは、この私が頂いた!」
かばんとアリツカゲラは、その、ジャパリまんの籠を抱えた犯人の姿には、明らかに見覚えがあった。黒と白の長い髪と三角の耳が頭に生え、背中には同じ色の尻尾が生えている。黒い服を着て、背中には赤い裏地の黒いマントを羽織っている。そして右手にステッキを持ち、左眼に片眼鏡をつけているその犯人の姿は、いつもより少し着飾ってはいるが、どう見てもタイリクオオカミそのものだった。
アリツカゲラは勿論、実はかばんも、今回のオオカミの計画の協力者として呼ばれたフレンズだった。オオカミが起こす大まかな事件の内容と流れと、自分が演じる役割については予め聞かされていたが、肝心のオオカミが犯人役としてどんな姿で現れるかは、アリツカゲラもかばんも聞かされていなかった。オオカミは、犯人役を演じる事にとにかく乗り気で、肝心の自分の姿については、最後までみんなに秘密にしていた。
犯人がオオカミであると、キリンに悟られないようにする為の変装だったはずが、あまりにもオオカミそのものだったので、かばんとアリツカゲラは、唖然とした。これではせっかくの計画が台無しになってしまう。でも、その心配は、いらなかった。
「わざわざ名前まで名乗るなんてとことんバカにされたものね」
キリンは怪傑ワオンがオオカミである事に、気付いてないようだった。
「かいけつワオン!アリツカゲラのジャパリまん、返してよ!困ってるじゃない!」
なんと、サーバルまで、気づいていない。実はサーバルは、今回の計画については、何も知らされていなかった。ただ、かばんがロッジに行くと聞いて、彼女について来ただけで、オオカミのシナリオには元々登場しないはずのフレンズだった。とは言え、サーバルを追い返すわけにはいかないので、かばんとアリツカゲラは、予定通りに事を進めてきたのだった。アリツカゲラは、サーバルが想定外の行動をしないか心配だったが、彼女が怪傑ワオンの正体に気づいていない様子を見て、ひとまず、芝居を続ける事にした。
「お願いです、返してください。皆さんが、今日ここで開かれるパーティーを楽しみにしてるんです。パーティーにどうしても必要なんです」
「ああ、返してやるとも。私との勝負に、そこの探偵くんが勝てたら、だけどね」
オオカミは、器用にステッキをくるくると回したかと思うと、そのステッキをキリンに向けた。
「アミメキリン探偵。私は名探偵であるキミに敬意を表して、キミに挑戦する事にした!キミのお友達の大切なジャパリまんを取り戻したければ、手がかりを基に私の縄張りまでたどり着いてみせるがいい!」
オオカミはそう言うと、キリンに向かって一枚の小さな紙を投げた。キリンは咄嗟にその紙を掴んだが、その内容を見ようともせず、オオカミを捕まえようとした。だが、その瞬間にオオカミが懐から小さな球を取り出して床に投げたかと思うと、辺りを白い煙が覆い尽くした。四人は突然の事に驚くあまり、思わず煙を吸ってしまい、咳き込んでしまった。おまけに、煙にはコショウも混ざっていて、クシャミまで出始めた。
「ちょっ……これはやりすぎっ……!」
アリツカゲラは、思わずそう呟いた。
「へっくしょん!へーっくしょん!うぅ、何も見えないし、匂いがわかんないよー!」
サーバルが、アリツカゲラの後ろをうろうろしながら、何度も大きなクシャミをして、叫んでいる。アリツカゲラは、オオカミが一度逃げるとは聞いていたが、まさかこんな逃げ方をするとは、思わなかったのだ。でも、この逃げ方はひょっとしたら、かばんが来るならサーバルもついて来るということを見越した、オオカミなりの対策だったのかもしれないと思った。サーバルは目も鼻も効くフレンズなので、彼女に正体を隠しつつ逃げるには、確かに、効果のある方法だったからだ。
煙が晴れる頃には、怪傑ワオンの姿は、そこには無くなっていた。
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