1-1.はんこうけいかく


「かいけつワオンさんじょう」というお話。


アミメキリンは、アリツカゲラが営むロッジに暮らすフレンズだ。彼女は、同じくロッジに暮らしている作家のタイリクオオカミが描く漫画を読むのが、大好きだ。その名は、『ホラー探偵ギロギロ』。キリンは、その漫画の主人公に憧れて、名探偵になる事を夢見ていた。



ある日、いつものように漫画の原稿の下書きをしていたオオカミの元に、キリンが駆け込んできた。


「先生!ギロギロの新しい本、読みましたよ!」


キリンは、真新しい『ギロギロ』の漫画本を大事そうに抱えながら、目を輝かせて言った。


「ありがとう、楽しんでもらえたかな」

「そりゃもう!この先の展開が気になって仕方ないです!それでですね、私なりに今後の展開を推理してみたんですけど……」


キリンは、ギロギロの新しい話を読むと必ず、こうしてオオカミの元に来ては、物語の展開の予想を一通り、オオカミに話す。探偵に憧れているキリンは、いつも漫画を読みながら、自分も探偵になった気分でいるのだ。でも、彼女の推理はいつも的外れだ。それどころか、推理になっているかどうかも怪しい。結局、彼女による今後の展開の予想は、オオカミが描こうとしている事と、いつもちっとも噛み合わないで終わる。


「……って感じだと思うんですけど、どうですか?当たってますか?」

「さあ、それを言ったら楽しみがなくなるだろう?答え合わせは、また次の本ができてからさ」

「むむー……さすが先生、毎度のことですけど焦らしてくれますね……わかりました!次も楽しみにしてますね!」


キリンはそう言うと、自分の部屋に帰っていった。


 それから暫く経ったある日、ロッジに博士と助手がやって来た。


「あら、いらっしゃいませ」


アリツカゲラが、二人を出迎えた。


「オオカミはいるのですか」

「そろそろ原稿が出来上がっている頃だと思ったので来てみたのです」


博士と助手は、毎回、オオカミが原稿を仕上げた頃になると、こうしてロッジにやって来ては、本にするために、原稿を取りに来る。初めは、オオカミが図書館へ原稿を持って行っていたが、回数を重ねるうちに、博士たちも密かにギロギロのファンになり、いち早く次の話を読みたいがために、自分たちの方からオオカミの元へ行くようになった。


 アリツカゲラは、二人をオオカミの元へ案内した。オオカミは、机の上にすっかり出来上がった原稿を広げて、二人を待っていた。


「やあ、そろそろ来る頃じゃないかと思っていたよ」

「あんな気になる下げ方をされては読者もたまったもんではないのです。すぐに原稿をよこすのです」

「まあまあ、大事に扱ってくれよ。何せこれがギロギロの、ピッタリ二十作目なんだ。いつも以上に気合を入れて描いたんだからね」


博士たちは、オオカミに原稿を手渡されるや否や、食い入るように見つめ始めた。その様子を見て、オオカミは誇らしい気持ちになった。


「私がこうやってギロギロを描き続けて来られたのも、博士たちみたいな熱心な協力者と、読者たちのおかげだよ」


オオカミは、大きく伸びをしながら、感慨深そうに言った。


「早くキリンにも読ませてやりたいな」

「あのギロギロにも及ばないヘッポコ探偵ですか」

「いえ、探偵と名乗るのもおこがましいのです」

「けど、探偵を目指すくらいにギロギロにのめり込んでくれた子なんて、あの子くらいなんだよ」


口を尖らせる博士と助手に、オオカミは笑いながら言った。


「私の漫画が好きで、私の漫画を読んで、一番に面白かったって言ってくれて、夢を抱いてくれるんだ。作家としてこんなに嬉しいことはないよ。まあ……肝心の『ココ』が、夢を叶えるにはまだ遠いけど」


オオカミは、頭を鉛筆で軽く叩きながら、苦笑いした。それから、一つため息をついて、呟いた。


「……いつものお礼に、キリンの夢を叶えてあげられたらなあ」


博士と助手は、それを聞いて呆れかえった。


「何を言うのですか。無理に決まっているのです」

「あいつは賢くないのです。というか、まず事件なんて起きないに越したことはないのです」

「そういうのは本の中だけにしておくのです」


でも、オオカミは、自分の一番近くでギロギロを応援してくれるキリンのために、どうしても、何かをしてあげたかった。


「なんだぁ、オオカミさん、簡単な事じゃないですか」


差し入れにジャパリまんを持って来たアリツカゲラが、何かを閃いた。


「アリツさん、何か思いついたの?」

「オオカミさんが事件を起こせばいいんですよ」


アリツカゲラの言葉に、一瞬、部屋の中が静かになった。


「……何を言っているんだい?」


オオカミは、目を点のようにして、アリツカゲラに訊いた。アリツカゲラは、笑いながら答えた。


「ごめんなさい、言葉がちょっと足りなかったですよね。つまりですね、オオカミさんは作家さんでしょう?オオカミさんが事件のお話を考えて、それを何人かのフレンズさん達に手伝って貰って実際に起こしちゃうんです。で、その事件を、キリンさんに解いてもらえばいいんですよ」


アリツカゲラの提案に、博士が唸った。


「……なるほど、キリンが解ける程度の、作り物の事件を、オオカミを中心に起こすということですか」

「そうです。ほら、博士も聞いたことあるでしょう?昔パークで『おしばい』って言うのをやってたって話。私は知り合いの、同じように宿をやってる子から聞いたんですけどね」

「勿論、我々は賢いのでその話は知っています。つまり、フレンズを何人か集めて、キリン以外の全員で『おしばい』をやればいいと」


オオカミは、アリツカゲラと博士の言うことが、とても良い考えだと思った。でも、アリツカゲラは少し、心配そうな顔をしている。


「ただ、これをやるには、誰かが犯人、つまり悪者にならなくちゃいけないんですよね……」

「だったら、オオカミがなればいいのではないですか」


助手が、オオカミを見て言った。


「ギロギロがぶつかる事件も、その犯人も、みんなオオカミが考えてるのですよ。悪い奴の考えそうな事も理解しているのではないですか」

「なるほど。確かに、それはいいかもしれない」


オオカミが、満更でもなさそうに言ったので、アリツカゲラはびっくりした。


「オオカミさん!?いいんですか!?」

「ああ。事件の中身を考えるのが私なら、犯人役も、仕掛け人の私がやるのが一番いいだろう。それに、正直、ちょっとやってみたい」

「オオカミはヒトの作った物語ではなぜか大抵悪者なのです。お似合いかもしれないのです」

「でも、オオカミさんが悪い事したらキリンさん、ショックを受けるんじゃないですか?」

「アリツカゲラ、そこは『おしばい』なのですよ。オオカミが何か別のものになれば良いのです」


博士の提案に、オオカミは賛成した。


「それがいいだろうね、騙すのは得意だ」


オオカミは、ニヤリと笑った。





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