第8話

放送を生業にする者とって”使命”とは何だろうか−…


 『オープン・ザ・サン』に配属されて、およそ9カ月が経った。

途中、金曜班へ移動になったが、先輩たち(加古川、港、宮野)も

一緒に移動したので、何も心配はなかった。

ADの仕事にもだいぶ慣れ、仕事を1人で任せて貰える事も多くなった。


「お疲れ様でした〜!」

 今日も無事OAを乗り切った。全体の反省会が終わると、

安堵から疲れがドッと溢れる。いっそ座ってしまいたいところだが、

バラし終わるまでは帰れない。

「さ〜ってと…ん〜…、やりますかね…」

背伸びをしながら、加古川さんがパソコンに向かう。

チーフADの加古川さんは、映像使用の注意点をまとめて

翌日OAのチーフADに引き継ぎ作業へ、

残り3人(港、宮野、時枝)は、OAで使用したフリップや

膨大な数のテープなどのバラし作業を行う。

OAテープの片付け、取材テープの登録申請、

報道部から借りた資料映像の返却、美術さんから借りた小道具の返却…

運搬用の台車に乗せ、局内を歩きまわる。

時計の針は、12時を指していた。

「もう、12時か…お腹空いたね」

「空きましたね…」

「あ〜、早く終わらそう」

1日と半日。起き続けていると、お腹も空くし、何より眠い。とにかく眠い。

エレベーター内で何度か寝落ちしそうにながら、バラしを終わらせた。

「やっと…終わった〜」

「か〜!帰れる〜!」

「ふう〜…」

「あ〜、みんなお帰り〜。ねえ、ご飯食べて帰ろう〜」

荷物をまとめて、局を後にした。


職場近くの洋食店に入って昼食をとる。前日のお昼以来のご飯タイムだ。

「何にする?」

「やっぱ肉盛りダブルでしょ?」

「え〜、また〜?前回来た時も頼んでたよね?」

「俺は今、体が肉汁を欲しているんだ」

「それ、前回も言ってた…みやのんは?」

「僕は…」

「宮野、お前も、肉盛りダブルだよな?」

「…もう、何でもいいです。食べられるなら」

「ともちゃんはどうする?」

「私は、タマゴ&ベーコン&バーグにします!」

 徹夜明け、OAの後はなぜだか高カロリーなものが無性に食べたくなる。

一体なぜなんだろう…?

体に悪いと、頭ではわかっているけど、体が欲する。

「お待たせしました〜」

ジュウジュウと食欲をそそる音。熱い鉄板から、芳ばしい香りがする。

「いただきま〜す!」

欲望に負け、がっつく。

「おいしい〜」

空っぽのお腹に、温かいご飯が入ってく。幸せで満たされる、その繰り返し。

これは、業界あるあるだと思う。


 ご飯を食べながら、ひとしきり仕事の愚痴を言い合って解散。

満腹感の中、襲ってくる睡魔と戦いながら店を出て、駅のホームを目指す。

いつもと何も変わらない帰り道…のはずだった。


 改札を抜け、地下鉄のホームへ向かうエスカレーターを降りた時、

突然、足元がふらついた。

「っと…時枝さん大丈夫?」

私の後ろにいた宮野さんが腕を支えてくれた。

「あ、すみません。なんかフラッとして…めまいかな」

ふと前を向くと、先にホームに着いた港さんが、私の方を振り返って言った。

「なあ…、今、揺れたよな?」

その次の瞬間、大きな揺れがホームを襲った。


 ミシミシと壁という壁が軋み、天井からパラパラ砂埃が舞い落ち、

立っていることもままならなず、その場に座り込む。

経験したことのない、激しい横揺れ。

私は、恐怖のあまり声も出なかった。

天井を支えるコンクリートの柱が、ギシッギシッと音を立て、

上と下で違う方向に揺れていた。

「こわい、こわい」

「きゃー」

頭を抱えうずくまる者、壁に身を寄せる者…

あちこちで悲鳴が上がる。

「やばいね…これは」

「大丈夫かな?」

しばらく経って揺れが収まると、ホームにいた人々が一斉に階段に押し寄せ、

我先にとホームから出て行く。

「ひとまず、俺らもここを出よう」

 駅員の指示に従い、改札を通って、やっとの思いで地上に上がった。


 外へ出ると、たくさんの人が路上に身を寄せあっている状況だった。

突如として襲った、震度5強の大きな揺れ。

経験したことのない現状に地上は混乱し、列車は全て運転見合わせ。

タクシー乗り場には、帰宅するためか長い行列ができた。

公共交通機関としては辛うじて、バスだけが動いていた。


 不安な気持ちから、手の震えが止まらない。

そんな状況でも、港さんは冷静だった。

「やっぱりちょっと心配だから、情報部に電話入れるわ」

スタッフルームに電話をかけたが、周囲が一斉に電話をかけていたためか、

なかなか通じない。少し経った後、ようやく電話が通じた。


「…ああ、わかった。お前も、気をつけろよ」

「港さん、どうでした?」

「いま、月曜班のセカンドと話したんだけど、

 今日は、月曜班がどうにか対応するらしい。

 俺らは、徹夜明けで使い物にならないから、一旦帰って、明日来いって」

「時枝っち、家どこだっけ?」

「私は…」

辛うじて動いていたバスに乗り込み、行けるところまで行って、

そこから歩いて帰った。

なんとか家に帰り着き、玄関を開けると、

本棚やスタンドミラー、テレビなどが倒れ、部屋はぐちゃぐちゃになっていた。

「…だよね」


 片付けながら、テレビをつけると、ニュース特番に切り替わっていた。

「東日本大震災…」

日本地図の太平洋側に黄色い線が、チカチカと点滅している。

こんな広い範囲で津波注意報が出ているを初めて見た。

中継では、帰宅困難者がタクシー乗り場で長い行列をつくる映像が流れていた。

私の家より、少し遠い2人はタクシーを捕まえると言っていたが、

無事に帰れただろうか。

「大丈夫だったかな…」


徹夜で、体は疲れているはずなのに、

昼の揺れを思い出して、その日の夜は、なかなか眠つくことができなかった。

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ゼロからイチができるまで 深山 蒼和 @sowa_miyama

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